第274話 冬と言ったら鍋で九尾なのじゃ
冬と言ったら鍋。
おでん、水炊き、キムチ鍋、もつ鍋。
鍋一つにしても豊富なバリエーションがある。
毎日食べても尽きぬその種類もさることながら、昨今は、メーカー側も色々と努力しており、一風変わったスープも多い。
液体タイプのもの、固形タイプのもの、どろり半生ペーストベースのもの。
とにかく、その冬ですべての鍋を味わいつくすのは無理だろう。
そう言っても過言ではないくらい、無限の広がりが鍋の世界にはあるのだ。
そこに加えて。
何より作るのが簡単というメリット。
これが大きい。
鍋に具材を刻んで放り込む。
スープを溶かし、あとはぐつぐつと煮えるに任せる。
たったそれだけ。
放っておいても出来上がるのだから、これほど楽なものはない。
そんなだから、冬場の食卓は必然、鍋料理が多くなる。
それはもう仕方のないことだと思う。
「のじゃぁ、けれども流石に、三日連続というのはやりすぎでは?」
「何をおっしゃる加代さんや。三日目の鍋だからこそ美味いんじゃないか」
そう言って、俺は炬燵の上にぐつぐつと煮える土鍋を置いた。
加代から見て右側面の位置に座り込むと、クッションを尻の下に敷いて、ほっと一息。それから、土鍋の蓋を持ち上げると、床の上にひっくり返して――取っ手が下になるように――置いたのだった。
むわりと立ち昇るのは、ぴりりとしたトウガラシの香り。
今日はキムチ鍋である。
しかし、これはただのキムチ鍋ではない。
この鍋は、三日かけて野菜の旨味と肉の脂が濃縮された、超高濃度鍋エキスで造られた、至上のキムチ鍋なのだ。
言っている意味が分かるだろうか。
勘のいい方なら、分かっていただけると信じている。
「のじゃ。一日目が水炊き、二日目が石狩鍋、そして三日目がキムチ鍋。鍋のスープに継ぎ足し継ぎ足し、具材とスープの素を足していくとは」
「その間、一度も鍋を洗わなくて済むのが楽でいいよね」
「楽には楽じゃが、手抜き料理ここに極まれりという感じで、ぶっちゃけどうかと思うのじゃ」
手抜き上等じゃないか。
というか、こんなに手を抜いて美味しい料理が食べられるんだぜ。
願ったり叶ったりという奴だ。
どこか釈然としないという加代さん。
そんな彼女に向かって、嫌なら食うなよと、俺は無慈悲に告げた。
嫌ではないのじゃと歯切れ悪く言った加代は、しぶしぶという感じに、土鍋の中にお玉を突っ込む。
豚バラ肉――100gあたり134円――と、白菜が掬い上げられた。
うむ、よく煮込まれていて美味しそうだ。
キムチの赤色も映えていて、実に食欲をそそる。
完璧。
うむ、考えうる限り、完璧なキムチ鍋ではないだろうか。
その時、加代の腹がぐぅと鳴る。
なんだかんだと言っておいて、やっぱり食い気には勝てないんじゃないか。
からかうと、のじゃぁ、と、腹ペコ狐は恥ずかしそうに顔を赤らめたのだった。
「しかし、キムチをぶち込んでしまっては、流石に四日目の鍋は難しそうじゃのう」
「……何を言っているんだ。鍋の可能性を侮って貰っては困る」
「のじゃ!?」
「明日はポールトマトをぶち込んで――トマト鍋だ!! キムチの赤も、トマト鍋なら誤魔化せるし、なにより、ぴりりとしたトウガラシの辛みがいいアクセントになってくれるだろう!! 絶対に美味しい!! 間違いない、じゅるり!!」
想像してみて欲しい。
水炊きから始まり、石狩鍋、キムチ鍋、そしてトマト鍋へと至った、その味を。
四日かけて熟成されたスープの、芳醇な味わいを。
そんな鍋が美味しくない訳がない。
ウナギ屋が秘伝のたれを継ぎ足し継ぎ足し使っていくように。
鍋もまたそうやって、継ぎ足し継ぎ足し、使っていくことで旨味が増すのだ。
それこそが、鍋の神髄。
鍋の真理。
鍋の真骨頂。
「のじゃぁ。流石に、キムチにトマトは合わんと思うのじゃ。綺麗に作り直した方がよいとおもうぞ?」
「やってみなくちゃ分からないだろう加代さん!! 挑戦を止めた時、人間は文化的な死を迎えるんだ!!」
「なんで鍋一つでそんなムキになるのじゃ……」
やれやれ、と、嘆息する加代。
そうして彼女は、野菜と肉をバランスよく小鉢によそうと、俺に向かって差し出して来たのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
作った水炊き石狩キムチトマト鍋は――まぁ、想像通りの味だった。
幾ら鍋が便利といっても、限度というものはやはりあるよね。
「……うっぷす」
「……のじゃぁ、だから言ったのじゃ」
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