第271話 コンビニ立ち読みで九尾なのじゃ
会社帰り。
家の近くにあるコンビニへと立ち寄った俺は、そこの雑誌コーナーで起こっていたとある現象に、思わず言葉を失って立ち尽くしてしまった。
なんだ、これは……。
「……雑誌にことごとく封がしてある」
「のじゃぁ。立ち読み対策なのじゃぁ。冷やかしが多くって困るからのう、こうして、ビニールテープで封して読めなくしてあるのじゃ」
「……今更じゃねえ?」
コンビニと言えば立ち読みする場所、という認識が一般的だったように思う。
それほどまでにコンビニ業界も出版業界も厳しい状況なのだろうか。
まぁ、金も出さずに読む奴が悪いのは間違いないことなんだけれどもさ。
それでもこの余裕のなさには、ちょっと悲しくなってくる。
なんだか時代を感じてしまうなぁ。
そして、近くのコンビニでうちのお狐が普通にバイトをしているのも泣きたくなるなぁ。
「お前、ここであれからまだバイト続けてるのな」
「のじゃ。まぁのう。コンビニバイトはフリーターの必須スキルと言っても過言ではないしのう」
「……そうだのう」
そうして、ちらり、と、雑誌コーナーの隅に俺は視線を流す。
そう。
この寒空の下、わざわざコンビニにまで出て来たのは、月曜日発売の少年漫画を読みたいという理由だけではない。
なんというか、ちょっとこう、あれだ。
スケベな雑誌を調達したいなと、そう思ったからだ。
いいだろう。同居人が居たって、そりゃお前、そういうのはどうしたって湧くものなんだから。というか、同居人がいつだって相手してくれる訳じゃないんだぜ。
彼女だってほら、体調の悪い時とか、気分がどうしても乗らないときはある。
そういう時には仕方なく、一人で慰めることも――。
って、いやいや、違う。
そもそも同居狐だから、その、相手とかそういうのは、ほらね。
おほん!!
「のじゃぁ。今ちょっと、雑誌コーナーの端の方を見なかったのじゃ?」
「ま、マッサカー!!」
「なんでカタコトなのじゃ。怪しいのじゃ。もしや桜よ。お主、
「そんな訳ないだろう!! お前、そんな訳ないだろう!! だって、そんな訳ないだろう!!」
「そんな訳ないだろう三回言ったのじゃ!?」
そうだよ。
スケベ本買いに来たんだよ、悪いか馬鹿野郎。
いいじゃん、会社からの帰り際に、コンビニでスケベ本の一冊買うくらい。
それくらい別にサラリーマンの嗜みじゃん。
そんな怖い顔で睨まなくってもいいじゃん。
いや、そりゃ睨みますわな。
普通に浮気みたいなもんですし。
やれやれ。俺は溜息を吐き出しながらかぶりを振ると、加代の肩にそっとその手を置いた。そして、信じてくれと精一杯誠実な顔をつくってみる。
「加代、俺がそんなスケベ野郎に見えるか。俺はいつだって、お前一筋。お前にぞっこんラブじゃないか」
「……のじゃぁ、蒼き衣を纏いて金の地に降り立った気分なのじゃ」
「どういう意味だよ」
サブいぼを擦って俺から距離を置く加代さん。
あかんこれ、完全に説得失敗した奴ですわ。
具体的には、ときメモで、一緒に歩いてると……とか言われる感じの奴ですわ。
ふっ。
慣れないことはやっぱり、するもんじゃないな。
「店長ぉ、ちょっと聞きたいことがあるのじゃぁ」
「おわぁ!! ちょっと、待って待って加代さん、ストップ――」
このコンビニの店長に向かって駆けていく加代。
長らく、この店の深夜を預かって来た五十代、ロマンスグレーが似合わない中年太りのおっさんは、何を隠そう俺の夜の顔なじみである。
らめぇ、その人に聞いちゃらめなのぉ!!
俺の性癖全部知ってる人だからぁ!!
◇ ◇ ◇ ◇
「いやぁ、しかし、ボイン狂史郎とは……。どれだけおっぱい好きなのじゃ、お主」
「仕方ないのじゃぁ。だって、おっぱいは生きるエナジーなのじゃぁ」
コンビニ内で密かにつけられていた仇名にむせび泣く俺。
あの店長、陰で俺のことをボイン狂史郎、もしくは、ビックオリジナルバカ一代と呼んでいただなんて。
人のよさそうな顔をして、えげつないぜ。
えげつないぜ、コンビニはよぉ。
というかビックオリジナルバカ一代って。
今どき知らんだろう、ヒゲとボインなんて。
どんだけマニアックな仇名なんだよ。
「のじゃぁ。まぁ、男じゃから、そういうのを買ってしまうのは仕方ないが。せめてもうちょっと、買う場所をばらけさせるとか、変装するとか、こそこそと買った方がいいと思うのじゃ」
「エロ本買うくらいのことにそんな労力使いたくねえよ……」
それでお前も、フォローするなら最初から聞くなや。
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