第270話 氷上の狐で九尾なのじゃ
「そういやお前、スケート競技には参加しなかったの? 数少ないコンコンピックの日本代表になれる九尾なんだろ?」
「のじゃぁ。スケートは昔から苦手なのじゃ。どうも氷の上でバランスを保つというのが苦手でのう。すってころりんと、まともに動けもせんのじゃ」
そんなことを言いながら、オリンピックのフィギュアスケートをこたつで眺める俺と加代。オリンピックなぞ見ないと言ったが、フィギュアスケートだけはベルばら――もとい別腹という奴である。
黄色い声援が飛び交う中、壇上に登るのは爽やかなイケメンスケーター。
おうおう、えらい人気ですこと。
嫉妬に臍で茶が沸きそうだわ。
しかしながら、怪我からよくここまで持ち直したもんだ。俺も含めて、大丈夫かこいつと野次馬根性&邪な目で見ていた奴らを見事に裏切ってくれた。
これがプロという奴か。
いやはや立派なもんである。
「のじゃぁ、不屈の大和魂という奴なのじゃ。若いのによく頑張ったのじゃぁ」
「……だなぁ」
失敗すりゃいいのにとか思って見ていたなんて口が腐っても言えん。
涙を瞳に浮かべてテレビ画面に食い入る狐娘から、おれは視線を逸らした。
どうして女子ってのはこう、イケメンの競技選手には甘いのかね。
あぁ、俺もイケメンに生まれてちやほやされたい人生だった。
スポーツなんて少しもできないし、する気もないけれど。
さて――。
「そろそろスーパーの半額セールの時間か」
「のじゃ。そうじゃのう。出るとするかのう」
俺と加代はよっこいせと、炬燵から脚を抜いて立ち上がった。
テレビと炬燵の電源を切って上着を羽織る。
暖房はそのままだ。
帰って来た時に寒いからな。
とはいえ、炬燵使ってるから、温度設定は低め。
これくらいの贅沢は、普段節約してるんだ、大丈夫だろう。
「そういや天気予報で、今日は夕方から雪とか言ってたな」
「のじゃぁ!? 本当なのじゃ、それは厄介なのじゃ」
「まぁ、言うて平野部だし、そんな積もるほど雪なんて――」
そう言って、アパートの扉を外へと押すと、ずざり、と、小気味の良い音がした。
うん、何か扉の前に置いていたかなと足元を見れば――。
そこには白雪がこんもりと、靴底の厚みくらいに積もっていた。
おう。
積もっとるやんけ。
「のじゃぁ、ほれ見たことかなのじゃ!!」
「嘘だろおい。ここら辺で雪が積もるなんて何年ぶりの話だよ」
しかも、昼前に出かけた時にはそんな素振りはまったくなかったというのに。
この短時間で降り積もるなんて。ゲリラ豪雨ならぬゲリラ豪雪という奴なのか。
おぉ、さむさむ、と、咄嗟に九尾を出して暖を取る加代さん。
いつぞやのフルアーマーモードである。
みっともないからやめなさい、とは、ちょっと言い出しづらい。
実際、俺も出せるもんなら出したいよ、尻尾。
おぉ、寒い寒い。
「こりゃダメだ。ちょっと、もう一枚中にセーター羽織って来るわ」
「のじゃ、そうするがよいのじゃ。
そう言って、築四十年、コンクリート製の共用廊下に加代が踏み入った瞬間。
すってんころりん。
彼女はその場で、見事に
そのまま、階段の方へと滑っていく加代さん。
「の、のじゃぁあああああ!!!!」
「か、加代ぉぉおおおお!!!!!」
ずん、ずんずん、すってん、ずるるん。
なんか木琴でも叩くような、いい感じの音が立つ。
そのまま、階段を滑り落ちて、アパートの玄関へ飛び出すオキツネ娘。
そして公道に飛び出した彼女に向かいトラックの放つハイビームが。
いけない。
しかし、ここから追いかけても間に合わない。
「のじゃぁーーーっ!!」
トラックに跳ね上げられ、空に舞う、黄色い毛玉。
あわや異世界転生。
と、思いきや――。
とってんぱのこんにゃらり。
見事、宙を舞って四回転してみせた彼女は、そいや、と、九つの尻尾と脚で、見事な着地を決めてみせたのだった。
ほっ、よかった、大事に至らなくって。
「おらぁっ!! あぶねえぞ、姉ちゃん!! 急に出て来るんじゃねぇ!!」
「のじゃ、すまないのじゃぁ」
いや、普通に轢いた方が悪くねえ。
クラクションの後、怒鳴り散らしたトラック運転手が走り去っていく。
どうやら、
「とまぁ、この通り。氷上では、
「いや、氷上じゃなくても、普通に使い物にならんぞ、お前」
のじゃぁ、と、叫ぶ加代。
またしても彼女はつるりと、何もないのにその場で滑るのだった。
まぁ、怪我がなくて何よりである。
信頼と安心のナインテイルエアバック。
これだけは、頼もしい限りだな。
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