第246話 グッドモーニングで九尾なのじゃ

 幾らホワイトホワイトと言っても所詮は会社である。

 そりゃまぁ当然のように出張くらいはある。


 遠方の取引先との打ち合わせのため、地方都市へとやって来た俺は、打ち合わせをつつがなく終わらせると、ビジネスホテルに泊まり一晩を明かすことになった。

 新幹線で帰ろうにも、ちょっと辛い時間帯だったのだ。

 なので、無理せず泊まって帰りたいというと、意外にもあっさりと、会社の経理はその申請を通してくれた。


 やっぱりホワイト企業は違うね。

 社員の事をちゃんと気遣ってくれるよ。


 とはいえ格安ホテルだが。

 まぁ、朝食バイキングがついてくるだけ幾分かマシだろう。


 ぼんやりとした頭で起き出して、ホテルの一階――昼間はロビーになっているそこに向かう。クロワッサンとウィンナー、スクランブルエッグにケチャップをたっぷりと盛る。そんなプレートを両手で持って、俺は空いている席へと座った。


 俺のような出張のサラリーマンが多いのだろう。

 ビジネススーツ姿に、朝からスマホやらノートパソコンやらを開いている奴らが多い。


 ご苦労なことでございます。


 ちなみに、俺は会社の方から――今日はもう有給使って休んでいいよと言われていた。このまま、同居人への土産をみつくろったら、早々に帰宅するつもりである。


 毎日毎日、一生懸命働いている人がいる一方で、俺みたいにのんびりとマイペースに仕事をしている人間もいる。

 なんなんだろうね、この社会の格差という奴は。

 まぁ、気にした所で始まらないが。


 きっと彼らはそのプライベートな時間をトレードオフして、お金をしこたま貰っているのだろう。こちとら薄給だ、そこは仕方がないだろう。


 まぁ、同居人との時間が多い方が、こっちとしてもありがたいが。

 などと思っていると、ふっと、ズボンのスマホが揺れた。


 会社からだろうかと取り出せば――発信元は加代であった。


「のじゃ!! グッドモーニングなのじゃ、桜よ!! 元気にしておるのじゃ!!」


「お前なぁ、朝っぱらからなに電話かけてきてるんだよ」


「お主のことであるから、きっとお寝坊してチェックアウトの時間に遅れてしまうのではないかと、心配してやったのじゃ。のじゃのじゃ、その様子だと、大丈夫そうじゃのう」


 そんなん心配、されなくてもするかってえの。

 余裕持って起きて、こちとらチェックアウトに時間前にお食事中だっての。

 まったく、やれやれ。


 まぁ、それは結局こじつけ。

 きっと声が聴きたくて電話をかけて来たのだろう。


 スマホのスピーカーの向こう側には、車の走る音が聞こえる。おそらく、いつもの弁当配達のアルバイト中らしい。その暇な時間を見つけて、こうして声をかけてくれるだけ、ありがたい同居人じゃないか。


 ちょっといいお土産を買って帰ってやろうかな。

 そんなことを、俺は唐突にだが思ったのだった。


「のじゃ!! しかし、ちゃんと朝食食べておるのかえ? せっかく会社のお金でホテルに泊まっておるのじゃ、元はちゃんと取る量食べてくるのじゃぞ?」


「貧乏性か!! 普通の量だけ食べれば十分だろ!!」


「のじゃのじゃ!! ダメなのじゃ!! バイキングはお腹がはちきれるまで――食べるだけ食べて蓄える!! それが野生の掟!!」


「俺は現代文明人だっての!! 冬眠する熊じゃないんだから!!」


 あれだったら、タッパーに入れて、こっそり持ち帰って来て欲しいのじゃ。

 そんなふざけたことを言いだす駄女狐。


 呆れながらも、お土産は、そこそこボリュームのあるものにしよう、と、そんなことを俺は苦笑いを返しながら考えたのだった。

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