第245話 仕事はじめで九尾なのじゃ
さて、四・五日で有給を取り、九日から会社へと出社した俺は、土産を持ってチームメンバーへとあいさつに回った。
土産と言っても寝正月、別にどこかに行っていた訳でもないのだが。
それでもまぁ、こう労いの品もなしというのは、ちょっとまずいかなと思ったのだ。
なんといっても、俺が休んでいる間も、せっせと彼らは働いてくれていたのである。
それに対して、しっかりとお礼は言うべきだろう、と、そう思っていたのだが。
「いや、桜さんが休むっていうんで、俺らも全員有給取ったんですけど」
「……マジで?」
「というか、桜さんが客先に根回ししといてくれたんじゃないんすか? 電話応対とかもなかったって、四・五日に出社してた他チームの社員からは聞いてたんですけど?」
たしかに。
休むにあたって主要な取引先に対しては、四・五日不在の旨は伝えておいた。
それをチームメンバー全員の不在と、取引先が思ってくれたということだろうか。
俺もそう思ってたんですけど、と、追従するように発言するチームメンバー。
どうやら、全員が全員、四・五日に有給を取っていたらしい。
「いやぁ、有能なリーダーがいると、チームメンバーの士気が上がって頼もしいですなぁ」
と、なんでもない感じに言ったのは前の会社の同僚である。
さてはこいつが原因か――俺の有給取得をリークして、チーム全体の休暇という形に裏で手を回しやがったな。
相変わらず、仕事については微妙だけれど、こういう所では気が利く奴だ。
によによと、俺に生暖かい笑顔を向ける彼からそっと目を背けると、俺は気の抜けた溜息を天井に向かって吐き出した。
うぅん。なんだか、勤務先も取引先も、本当にホワイトで気が抜けるなぁ。
もっとこう、IT業なんだから、正月返上でどうこうみたいな話も、あってもいいだろうに。
まぁ、暇――というか、仕事量が適切なのはいいことか。
などと言っていると。
「のじゃぁ、今日からお弁当の搬入量が増えて、大変なのじゃぁ」
正月休みも関係なく働いていたらしいお狐さまが、弁当のみっちりと入ったプラスチックケースを手にしてやって来た。
同じ社会人でも、雲泥の差という奴である。
その時、手に持っているお土産の菓子が一つだけ残っていることに、ふと、俺は気が付いた。
……ふむ。
「まぁ、仕事始めは気合が入らないし。少しくらいは、この余裕を、あくせく働いてるお狐さまにおすそ分けしてやるとするか」
給湯室へと入っていく加代。
そんな彼女の背中を追いかけて、俺もまた給湯室へと向かったのだった。
仕事をしろ、と、咎める者などいない。
いやはや、全人類の仕事が、うちの会社みたいに、のほほんとしたものだったなら、世界から争いもなにも無くなるんだろうな。
とはいえ、政治家でもないのだから、それをどうこうすることは、俺には難しい。
せいぜい目に入る範囲で、身内を幸せにしてやれるくらいだ。
たとえばこんな風に。
「のじゃ、桜? お仕事中に話しかけてくるでない……って、そのお菓子はどうしたのじゃ?」
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