第242話 あけましておめでとうで九尾なのじゃ

 大晦日。

 俺は自宅のアパートで炬燵に入りなら、毎年恒例ガキ使特番を、ぼんやり眺めて時間を潰していた。


 いやはや。

 ブラック企業に長年勤めてきた俺だけど、大晦日と正月だけは、ちゃんと休めるっていうのが救いってもんだな。

 それに今年は、前年より一日早く休めた上に、年始の四・五日に有給消化して、大型連休にできた。


 考えうる限り、人生で最高の年末である。


「しかしこのネタ、毎年やってても飽きないものだから不思議なもんだよな。なぁ、加代」


 と、話しかけて、隣に彼女が居ないことに気が付いた。

 今日は加代の奴が珍しくお仕事で家を空けているのだ。


 なんといっても尻尾は九本あるけどお狐様。

 稲荷神のお使いとして、寺社仏閣の催し事にはなにかと精通している加代である。

 この時期――大晦日と三が日――は、初詣にやって来る参拝客の相手をするべく、神社はどこも人手不足だ。


 いつもなら、つまはじき者、すぐ何かをやらかしてクビになる彼女もまた、この時期ばかりは猫の手も借りたいならぬ、狐の尻尾も借りたいと引く手数多の扱いを受ける。

 そんなこんなで、今、彼女は近くの神社で、巫女服姿に着替えて、せっせとお仕事中なのであった。


 まぁ、仕事があるのはありがたいことだ。

 けれど、こんな風に、人手不足の時だけと、便利に使われるというのは、なんだか可哀想な話である。


 というか、大晦日くらい休んでも罰は当たらんだろうに。

 神様も人間様も、狐使いが荒いもんだ。


「そろそろ年越しか。そばでも作るかなぁ」


 加代のことを思ってはいても腹は減る。

 ガキ使かから、紅白を終えて大晦日中継を始めたNHKにチャンネルを切り替えると、俺はこたつからよっこらせと足を引き抜いて立ち上がった。


 冷蔵庫の扉を開けて、今日の日のために買っておいた生そばを取り出す。

 キッチンの前に立つと、鍋に水を入れて火にかけはじめた。


 用意した生そばの数は二つ。

 そばなのに、具はてんぷらではなく油揚げである。


 バイトが決まる直前まで、一緒に年越ししようと、そういう話を加代としていたのだ。

 せっかく年越し前のセール時に買い込んだのに無駄になってしまった。


 なんだか残念である。


「まぁ、しゃーなしだな。お仕事なんだから、こればっかりは」


 そんなことを思っているうちに、くつくつと鍋の中の水が沸騰しはじめた。

 冷えた蕎麦を放り込むにはいい塩梅だ。


 どれどれとパックから麺を取り出そうとした時――。


「うーさぶさぶ。雪降って来たのじゃ、ホワイトクリスマスならぬ、ホワイトニューイヤーなのじゃ」


 玄関から、同居狐の震える声が聞こえた。

 幻聴かと思いながら振り返ると、そこには確かに、巫女服の上からパーカーを羽織ったお狐様が立っている。


 彼女は、こっちを見るなり、してやったりとばかり、満面の笑みを向けてきた。


「ふふっ!! 年越しのピークに合わせて、休憩を取ってきてやったのじゃ!! その驚く顔を見たかったから黙っておったがのう!!」


「……お前なぁ」


 そんなことばっかりしてるから、仕事をクビになるんだよ。

 真面目に仕事をしろ、と、言ってやりたかったが。


 いかんねやっぱり。

 一人の年越しというのは、そういうことを言う気力さえも萎えさせる。

 なまじ、加代が部屋に居る生活に馴れてしまったが故に、その思いはひとしおというものだった。


 俺は急いで鍋に水を足すと、二人分の湯量に調整する。


「そういうことは先に言えよな、まったく」


「のじゃ、サプライズクリスマスプレゼントなのじゃ」


「ずいぶんとずぼらなサンタクロースめ」


 おまけに巫女服なんて着ているし。

 あわてんぼうなのかずぼらなのか、どっちかにしてくれ。


 と、そんないつものとぼけたやり取りをする俺たちの頭に、ごうん、ごうんと、新年を告げる、鐘の音が響き渡った。


「のじゃぁ、あけましておめでとうなのじゃ、桜よ」


「おう、おめでとう」


 今年もよろしくお願いします、と、俺たちは冷たい床に膝をついて正座をすると、深々と頭を下げあうのだった。


 まぁ、こっちがよろしくしてやるのだがな。

 こいつと一緒に居ると楽しいから、別にそれも、悪くはないさ。

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