第243話 寝正月で九尾なのじゃ
三が日を無事に終えての二週目。
案の定、お仕事をクビにというか、契約期間満了で辞めることになった加代さんは、ここ数日の疲れを取り戻そうとばかりに、ぐってりと炬燵に頬をつけて横になっていた。
見ていてこっちが、大丈夫かこいつ、と、心配になるくらいである。
いやまぁ、話しかければ返事をするから、きっと大丈夫なんだろうけど。
「のじゃぁ。リアルタイムじゃなくても、ガキ使は面白いのじゃぁ」
「なー、お前、撮っておいた俺に感謝しろよなー」
「ありがとうなのじゃさくらよー」
感謝の言葉に生気が籠っていない。
よっぽど、この三が日の仕事がきつかったと見える。
思えば確かに、出退勤の時間からしておかしかったからなぁ。
大晦日、サプライズで帰って来るのを通すために、いろいろと無茶なシフトを代わりに引き受けたのかもしれない。
ついその時は、彼女のサプライズに喜んだ俺だったけれど、こうなるくらいならば、そんなことさせないんだった、と、ちょっと後悔してしまう。
のじゃぁ、と、死んだ魚の目を加代はこちらに向けた。
「さくらよぉ、あぶりゃーげ、たべたいのじゃぁー」
「おー、油揚げな。なんだ、きつねうどんか? それともお稲荷さんか?」
「面倒くさいから、湯通しして、そのまま出してくれればいいのじゃー。なんかもう、あぶりゃーげ成分が摂取できれば、それでいいのじゃー」
重症である。
九尾さまって燃え尽きるとこんな感じになってしまうのね、と、ついつい哀れに思ってしまう俺が居た。
まぁ、彼女がそうして欲しいと言うのだから、そうするほかない。
俺はコンロで湯を温めると、そこにさっと油揚げを通して、皿の上に三枚ほど載せた。そしてこたつでごろりと、頬をついてテレビを見る加代の前に、それを置いた。
顔をもたげるでもなく、あぶらあげをつまむでもなく、もぞもそと頬を炬燵の天板の上についたまま、口を油揚げの方へと向けた加代。そのまま、ぱくりと、一番上に載っていた油揚げにかぶりつくると、吸い込むようにしてそれをもしゃもしゃと食べ始めた。
「……犬食いかよ。みっともないからやめなさい」
「のじゃぁ、もともと狐はイヌ科の動物なのじゃぁ。問題ないのじゃ」
そういう問題じゃない。
もそっとこの作品のヒロインとして、自覚した行動を取ってくれと、言っているのだ。
いや、何を言っているんだ俺は。
とにかく、いい歳した女が、やっていい動作ではそれはない。
俺はすぐに残りの油揚げが載っている皿を、ひょいとテーブルから持ち上げた。
「のじゃー、さくらー、なにをするー、のじゃー」
「抗議の声すらも魂が籠ってないとか。どんだけ疲れてんだよ、お前」
「のじゃー、しかたないのじゃー、そういうものなのじゃー」
そう言いながら、けふぅ、と、息を吐き出す加代。
その間も、こたつの天板から頬を離すことはない。
……はぁ。
もう注意する気も失せた俺は、食べさせてやるから、せめて顔くらい上げろ、と、彼女に提案したのだった。
すると途端に、嬉々とした表情で顔を上げる加代。
「のじゃ!? 食べさせてくれるのじゃ!? なんだか、ラブラブカップルみたいなのじゃ!!」
「なんでそれでいきなりテンション戻るんだよ、おかしいだろ」
「ほれ、あーん、あーん、なのじゃ桜よ!! はよ食べさせてたもれ!!」
テンション上がり過ぎだろう。
苦笑いも浮かんでこない、そんな妙な心地で、俺は久々の駄女狐っぷりを発揮する加代に向かって、箸でつまんで油揚げをたべさせたのだった。
どういうラブラブカップルだよ。
新年早々、酷い絵面だなまったく。
「のじゃぁ、恋人に食べさせてもらう油揚げは、またこう、一段と格別なのじゃぁ」
「はいはい、そらようござんしたねぇ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます