第237話 実家にご挨拶で九尾なのじゃ
お袋から急に実家に呼び出された。
なんでも、長らく使っていた――と言いつつ、親父が退職してからは、俺が居る時くらいしか使っていなかった――車が、とうとう壊れてしまったそうなのだ。
それで、代わりの車を買おうということになったのだが。
「せっかくだから、アンタが乗りやすい車にしなさい」
「……俺が運転すること前提かよ」
「当たり前でしょ。お父さん、腰を痛めてから運転も辛いんだから」
大きな家電の買い出しや、ちょっとした送迎にこき使う見返りに、車くらいは好きなものを選ばしてやろうという粋なはからいである。
親の優しさと悪辣さにちょっと涙が出そうだった。
「それにほら、加代ちゃんとドライブデートするのにも、適したのを選んでおいた方がいいでしょ」
「いや、ドライブデートって」
「どうせホテル入るお金もないんでしょ? だったら寝心地いい車買っときなさい」
やめて母さん。
息子にそういういらん知恵を吹き込むの。
確かに、ホテルに入る金のない男女が、人通りのない田んぼや山道、海岸沿いに車を止めてよっこらセ……というのはご定番である。
しかしながら。
それを当の本人たちの前で言うのはどうなのだろう。
「のじゃぁ、母上どの、流石にその、それはちょっと気が早いというか」
「早くなんかないわよ。むしろ遅いくらいよ。私ら、早く孫の顔が見たいんだから、頑張ってくれないと困るわ、加代ちゃん」
「いや、頑張れと言われても」
中古車選びというのも口実。
実際は、同棲相手の加代の顔が見たくて、呼び出したという訳である。
ついでに余計なプレッシャーもかけに来た訳である。
苦笑いを返す九尾に同情する。
いや、ほんと、九尾より性質が悪いって、どうなのようちの親。
「きょうび、できちゃった婚なんて珍しものでもないんだから、別になにも遠慮なんてしなくていいのよ」
「母さん!!」
「桜は昔からこの手のことは奥手だから――加代ちゃんみたいなちょっと押しの強い女の子が嫁いで来てくれて、こっちとしては安心だわ」
「かあさん!!」
「そういえばこの子、高校時代に洋物のビデオとかよく集めてたから、加代ちゃんは好みのドストライクのはずよ!! 胸は――気にすんなって奴よ!!」
「OKAHSAAAAANNNNNNNNN!!!!」
なんかよくわからない精神値がごっそり削られた気がする。
なんちゅうことを言うのだ、このアホ親は。
すべて事実だ。
そう、確かに事実だ。
事実だからこそ否定はできない。
だが、息子の同居人の前でそういうことを言うかね。
もじもじと、下を向いて、どうしていいかわからんという顔をする加代。
そりゃそうだろう。
こんなん言われてどうしろというのか。
ほんと、勘弁してほしい。
九尾より性質が悪いとか。
うちの親は鬼か、何かか。
「……のじゃぁ、ぜ、善処するのじゃ」
「せんでいい!!」
頑張りますとばかりに、両手で握りこぶしを造る加代を、俺はたまらずはたいた。
まったく、何を本気になっているというのか。
いや、そりゃまぁ。
ちょっとくらい俺もそういうの、考えたりしなかった訳でもないけどさ。
「とにかく、車のことは分かったから、中古車センター行ってくるから!!」
「いいのを選ぶのよ、桜。燃費より、乗り心地が大事よ」
「うっせぇこの色ボケババァ!!」
ぴしゃりと実家の玄関の引き戸を閉める。
俺は近所にある中古車センターに向かって歩き始めたのだった。
その後ろを、三歩遅れてしずしずと、その気になって歩いてくる加代。
「のじゃぁ。母上どのってば、気が早いのじゃ。けれど、確かにそろそろ
ちょっとばかり、イラっとした俺は、早歩きで加代の奴を引き離したのだった。
まったく。
女って奴は、まったくどいつもこいつも勝手なんだから。
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