第236話 副業するならで九尾なのじゃ

 定時帰りが板につき、アフターファイブを自宅で過ごすことが日常になってきた。


 あんまりにも暇なものだから、ゲームだ漫画だと娯楽ではなく、料理なんかを自分でするようになったのだから驚きというものである。

 いやはや、昔の生活からは考えられない変化のように思う。


 ……違う。

 純粋にお金が無いのだ。

 自炊しないと、家計が厳しいのだ。


 定時退社が出来て時間はある。

 時間はあるけど金はない。


 そんな状態で豪奢に暮らす訳にもいかない。

 できる範囲で出費を抑えるべく、極力三食自炊するように、俺と加代はすることにしたのだった。


「のじゃぁ……。もうちょっと桜の稼ぎがあればのう」


「自分のことは棚に上げてよくそういうこと言えるよな」


「亭主元気で留守がいいとはよく言ったものじゃが、元気でも稼ぎがこれでは」


「留守にしたくないから、この程度の稼ぎになったんじゃねえかよ」


 隣で玉ねぎを刻む加代。

 一方で、俺はもやしとニラをフライパンでせっせと痛めていた。


 今日はレバニラと、酢豚の中華定食である。

 俺がレバニラを造る横で、加代には酢豚の材料を切らせていた。


 のじゃのじゃ、と、尻尾とエプロンを揺らし、リズムをつけて玉ねぎを刻む加代。


 酷いことを言ってきた割にはご機嫌である。

 まぁ、そうでなくては給料を落としてまで転職した甲斐がないってものだ。


 こういう生活も悪くないものだな。

 そんなことを思いながら、俺はほいとスナップを利かせてフライパンを振ると、ニラともやしをパラリとその上で躍らせた。


「しかしまぁ、実際問題として、収入の低さはなんとかしなくてはならんのう」


「だったらお前も早く定職についてフォックス」


「のじゃぁ、それは難しい注文なのじゃ」


「なんも難しい話じゃないだろうが」


 お前がドジさえ踏まなければ、すんなり解決する内容じゃないか。

 まったく、この共働きが当たり前の時代に、専業主婦にでもなるつもりか。


 とんだ甘えた根性のお狐さまである。


「のじゃのじゃ。やはり副業あたりが妥当だと思うのじゃ」


「副業ねぇ。ブログやって、アフィリエイトで儲けるとか?」


「そうそう」


「株やって、デイトレードで儲けるとか?」


「それも夢があっていいのう」


「あとは作家になって、兼業で本を出すとか」


「ゆくゆくは人気作家になって、著述業そっちで食っていくとか――って、ダメなのじゃ!! やはり人間には、安定した収入が必要なのじゃ!!」


「言ってねえじゃねえか。妄想たくましいなぁ、お前は本当に」


 夢を持つのはいいことなのじゃ、と、加代。

 まぁ、現実に目を向けるあまり、必要以上に悲観的になるよりマシだろう。


 だがまぁ、作家ねぇ。


「なれる気しないなぁ」


「のじゃぁ。桜はなんだかんだで社交性あんまりないからのう」


「うっせぇ」


 それより、はよ定職につけと、駄女狐の尻をぺちりと叩く。

 のじゃ、と、声を上げた九尾さんは、おかえしとばかりにその九つの尻尾を、ぺしりぺしりと俺の背中にたたきつけるのだった。


「おい、やめろよ。手元が狂うだろう」


「先にやったのは桜の方なのじゃ」


「俺が就職したからって、ぶったるんでるお前に気合を入れたんじゃねえかよ」


「セクハラなのじゃ、DVなのじゃ、おぉ、こわいこわいなのじゃぁ」


 そんなことを言いながら。

 二人並んで作る食事。


 うん。

 まぁ、こういう生活というのも、悪くはないものだ。


「のじゃ? 桜、ちょっと焦げてないのかなのじゃ?」


「うぉっとやばい。そろそろレバーを入れるか……」

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