第225話 八尾の謎で九尾なのじゃ
【連絡】
ノベゼロコンに合わせてきりよく今の部が終わりそうなので、加代ちゃん更新を週四に戻します。明日から週四更新ですのでよろしくお願いいたします。
◇ ◇ ◇ ◇
【前回のあらすじ】
加代ちゃんファミリーの協力により、ついに会長の居場所を突き止めた桜。
そこは、ナガト建設創業メンバーの一人にして、会長と対立して会社を去った男――八尾が開いていた石材加工所だった。
はたしてそこで、今回の事件の犯人である楓こと八尾明美と対峙した桜。
まるでギャグ小説とは思えない身のこなしを見せた彼は、ついに八尾明美を抑え込むことに成功した。
咄嗟に、共犯者である宮野に声をかけた八尾だったが。
「……もう、やめましょう、明美お嬢さん」
その一言で、八尾の心は折れたようだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「八尾さんは、ナガト建設を退職された後、持ち株をすべて売却した利益で、自身の会社を興されました。けれど、時代の流れに呑み込まれて。バブルこそ乗り越えましたが、リーマンショックの煽りを受けて倒産。この石材加工所をたたみました」
そう答えたのは、かつて八尾の部下だったという宮野部長だ。
彼はもう、何もかも観念したのだろう。
はたまた、ここに来てやはり会長や副社長に対しての情が沸いて来たのか。
会長と運転手の縄をほどき解放すると。
彼は、俯いて茫然自失とする八尾の代わりに、これまでの経緯を話はじめた。
「八尾さんは、会社を興されるのに前後して、少し遅い結婚をされました。それは、陸奥副社長もご存知ですよね?」
「あぁ、スナックのママだったか。アイツの行きつけのところのだろう?」
「はい」
「結婚式には、俺は呼ばれたから覚えてる。会長は知らねえだろうが」
ちらり、と、陸奥副社長は会長の方を見た。
どうやら、八尾と確執を持っていたのは、会長だけらしい。
ただそれも八尾からの一方的なものだったらしい。
知らなかった――知らされなかったことを後悔するように会長は悲しい顔をした。
まぁ、人間というのは感情に振り回される生き物だ。
そうなってしまったのは、もはや仕方のない成り行きだろう。
会長の反応を確認して、宮野が話を続けた。
「二人はそもそも晩婚でしたから、子供には期待していませんでした。けれども、彼女には連れ子が居たんです」
「それも知っている。よくそんなのとくっついたもんだと、八尾らしいなと感心したのを覚えてるよ――けど、待てよ、それにしちゃ若くないかそのお嬢ちゃんは?」
えぇ、と、宮野が陸奥副社長の言葉に頷く。
それは、八尾明美が、彼等の娘ではない、ということを意味していた。
もったいつけずに、宮野がその疑問に答える。
「明美お嬢さんはその連れ子――結婚相手の娘さんの非嫡出子です」
「……なんだって?」
「スナックのママの娘です。夜の世界で生きようと考えるのはおかしい話ではないでしょう。彼女もまた同じように自分の店を持ち、そして――太い客と肉体関係を持った。そして彼女が生まれたという訳です」
「……親の業がなんとやらとは言うが、あまり、いい気分のする話じゃないな」
気分が悪いのはここからですよ、と、宮野部長が釘を刺した。
どうやらこの男は、八尾明美の身に起こったことの全てを知っているようだった。
「ちょうどリーマンショックの時期です。娘さんの経営していたスナックも、資金繰りに窮するようになりました。そんな中で、娘さんは明美さんを放り出して、どこかに蒸発してしまいました」
「んだと!?」
陸奥副社長がここで気炎を上げた。
彼ならば、そう言うに違いないだろう、とでも思っていたのか。
特に宮野が驚いた様子はそこにはなかった。
俺もまた、陸奥副社長がそんな義憤の声を上げたのに、別段、特別な感情を抱くということはなかった。
男らしい彼ならば、そんな人の身勝手に対して、怒りを覚えるだろう。
そんなことは十分に考えられたからだ。
宮野が、その胸糞の悪い話を更に続ける。
「引き取った時、まだ、八尾さんの会社はかろうじて自転車操業を続けていました。彼らは孫娘を引き取って、どうにか中学生までは育てあげたんです」
「そうなのか」
「けれど、中学を卒業して高校にという時に、八尾さんが病に倒れました。肺癌でしたよ。現場に行くことが多かった彼です、理由は言わずとも分かるでしょう?」
石綿によるものか。
この業界では一昔前に有名になったけっかな。
俺も学生ながらに、その話題を聞いて、えぐい話だなと思ったものだ。
職業病だから仕方ない、で、済む話しではない。
こうして現実に、不幸に転がり落ちていった少女が居るのだから。
「八尾さんは、曲がりなりにも経営者としての手腕を持っていました。けれど小さい会社です、それを補佐するのに十分な人材を確保する余裕はなかった」
「……そういうことかよ」
「リーマンショックの煽りもありましたが、ここがつぶれたのはそんな理由です」
「私が知らないうちに、そんなことがあったとは……」
「そして、会社が潰れると同時に、八尾さんの奥さんも姿を消しました。僅かに残った、財産を持ち逃げする形でね」
また、陸奥副社長が声を荒げた。
もしこれが会議の席であったならば、目の前の机を一刀両断、粉砕せんばかりの勢いで腕を振るう。
会長もまた、なんてことだとばかりに、口元を抑えている。
元同僚、そして創業からのメンバーに降りかかった不運。
それに彼等は本気で同情しているようだった。
「残されたのは、明美さんただ一人。彼女は、祖父の世話をするため、高校への卒業を諦めて、年齢を偽って夜の世界へと入りました――」
「一言、俺たちに相談してくれてもよかったじゃねえかよ、八尾!!」
「すまない!! 八尾くん!! 本当に、すまない!!」
押し寄せる後悔の念に呑み込まれたか、会長と副社長が涙を流した。
過去に、遺恨はあったのかもしれない。
けれども、創業当時のメンバーである。
苦楽を共にした人間の、その憐れな生活を想えば、涙が浮かぶのが人情だろう。
しかたのないことだな、と、俺は加代の方を向いた。
のじゃぁ、と、彼女もまた、周りの空気に呑まれて、目の端に涙を浮かべていた。
どいつもこいつも、人情派なんだから。
……まったく。
「私がそれを知ったのは、八尾さんの訃報を受けた時です。その時には、彼女はもうすっかりと、その世界で生きることに、抵抗を感じなくなっていましたがね」
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