第224話 廃工場で九尾なのじゃ
【連絡】
ノベゼロコンに合わせてきりよく今の部が終わりそうなので、加代ちゃん更新を週四に戻します。明日から週四更新ですのでよろしくお願いいたします。
◇ ◇ ◇ ◇
管狐の案内でたどり着いたのは、山間の場所にある廃工場。
つくなり、ここは……と、陸奥副社長が意味ありげな言葉を発した。
どうやら彼はここがどういう場所か知っているらしい。
「なんなんです、ここは?」
「八尾の奴が、ウチを辞めてから始めた石材加工場だ。だが……」
「だが?」
「数年前に採算が取れなくなって畳んじまってる。どうしてこんな所に」
もはやそれを聞いて、俺の中の疑いは確信へと変わっていた。
そして、楓――八尾と宮野たちが、今までのちまちまとしたやり取りから、大胆な直接行動へと移ったという事実に、並々ならない不安を感じていた。
どうやもう彼らはコソコソとするのはやめたらしい。
ここで決着をつける気なのだ。
だとしたら、やはり会長の身が危ない。
車を止めてすぐに見えたのは、赤茶けた大扉が付いた建物。
手入れがされていないためか、扉の色と分からないくらいの赤錆が付着している。
おそらくメインで使っていた作業場なのだろう。
他にもプレハブ小屋や、ちょっとした倉庫なんかも目についた。
だが、プレハブ小屋は窓から覗き込んでも人の気配が感じられなかったし、倉庫などは明らかに、ことをするのに手狭なように感じられた。
なにより。
その一際目を引く建物の前。
今、俺たちが乗って来たのと同じリムジンが止められていた。
もはや疑う余地などありはしないだろう。
「どうやら、ここで間違いないみたいじゃのう」
「だな。急ごう、会長が危ない」
俺と加代、そして副社長は、赤い両開きの扉の前へと移動する。
そして閉じられているそれをゆっくりと左右に開いた。
まさか、追いかけてくる人間が居るとは思わなかったのだろう。
扉には鍵も何もかけられていなかった。
そして。
「……嘘でしょ。どうして貴方たちがここに?」
「陸奥副社長!? それに、お前は――桜!!」
「よぉっ!! 宮野第一営業部部長に、タマモクラブの楓ちゃんじゃないか!! こんな山奥でデートは、なかなか渋い趣味してるね。どっちの趣味だい」
驚く二人の背中には、荒縄で縛り上げられた会長の姿が見えた。
同じく、車の運転手もまた、その隣に縛り上げられている。
もはや言い逃れのできない状況。
やれやれ、ようやく今回の事件について、決定的な証拠にたどり着けたよ。
「なるほどね。社内関連での出来事は、宮野部長が色々と手を回していた訳か。プライベートにつては、楓ちゃん、あんたがさりげなく三国社長から聞き出していたと」
「……ッ!! なんなの、貴方!!」
「そこに縛り上げられている爺さんに頼まれて、命を狙ってる奴を探していた――まぁ、探偵みたいなもんさ。いや、特命係長って感じかね」
いつもの煌びやかなドレス姿と違って、全身黒ずくめの楓。
それは会長とのゴルフの際に、藪の中から見かけた襲撃犯の姿によく似ていた。
スリングショットを武器に選んだのは、手に入りやすいからではない。
女性の彼女でも扱いやすい武器だからということか。
やれやれ、この辺り、もう少し早く気が付くべきだった。
そして――。
「動かないで!!」
すぐさま、楓は俺に向かって、ズボンのポケットから取り出したスリングショットを向けて来た。
距離にして、十メートルもないだろう。
充分、射程圏内だし、そこそこのダメージを喰らうに違いない。
しかし――。
「本気で撃てるのか、そんなもの?」
「――ッ!! 舐めないでよ!!」
前回、会長を襲撃した際にも感じたこと。
そしてこれまでの事件にも共通して言えることだ。
彼女には詰めの甘さ見たいなものが感じられた。
詰めというよりも、直接的に手を下すことに躊躇している。
と、でも言った方がいいだろうか。
とにかく八尾楓の起こす事件のことごとくに迷いを感じさせる部分があったのだ。
いや、実際に迷っているのだろう。
隣に立っている宮野部長にしてもそうだ。
彼女がスリングショットを構えているのを見ながら、どうしてか、彼は何も動こうとはしなかった。
もはやここに来て、彼は言い逃れができない協力者ではある。
だが、この一件について、彼は何やら複雑な立場にいるらしい。
なんにしても、そんな奴らを相手に、びびる必要はない。
俺は姿勢をかがめると、一気に、楓との距離を縮めた。
スリングショットがビンと音を立てる。
射出された銀玉は、残念、屈んでいる俺の遥か上を飛んで行った。
後ろから悲鳴が聞こえてこない辺り、陸奥副社長にも、そして加代にも当たっていないのだろう。
もう一度、と、球をつがえるより早く。
「やめときなよ。会長はどうか知らないけれどさ、俺はやられたらやりかえす、そういうタイプの人間だぜ」
俺は楓の腕を握りしめていた。
苦虫を噛み潰したような顔をして、楓が俺の手を振り払おうとする。
しかし――男と女の筋力差というのは、そうそう埋められるものではない。
「……離して!! 離してよ!!」
「いいや、離さない。ここまでにしときな、楓――いや、八尾のお嬢さん」
なんだって、と、陸奥副社長が後ろで声を荒げる。
彼女の存在は、彼にとってもショックだったのだろう。
一方、会長もまた、縛りあげられながらも、驚きの表情を楓の方へと向けた。
一人、驚かずに彼女を見ている目があった。
すぐ近く、俺に殴りかかるなり、掴みかかるなり、できる位置に立ちながらも、何もせずにそれを傍観している男――宮野部長だ。
そんな彼に、楓はすがるように声を振り絞った。
「宮野さん!! 助けてください!!」
「……もう、やめましょう、明美お嬢さん」
力なく、そして、申し訳ない顔をして、宮野部長は彼女に頭を下げた。
そして俺と、俺の背中に居る陸奥副社長に向かっても。
やはり源氏名だったか。
楓あらため――八尾明美は、協力者の諦めの声色と態度に驚くと、そのまま手にしていたスリングショットことりと地面に落とした。
うぅん、いいね。こういうの。
なんか本当に、特命係長みたいだ。
九尾要素ひとっつもないけれど。
「のじゃぁ!! いいのじゃ桜!! かっこいいのじゃ!!」
「……思い出したかのようにおべっかいうなよ。まったく」
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