第208話 そんなわけでゴルフ場にあるトイレにやってきたのじゃ――ウホッ、じゃなくって九尾なのじゃ!!
【前回のあらすじ】
多忙な会長を捕まえて話をするのは難しい。
また、込み入った話である。
誰が聞いているか分からない、社内でというのは気が引けた。
という訳で、会長の接待に同行するという形で、ゴルフにやって来た桜たち。
「
久しく忘れていた加代の設定を思い出したりしてしみじみとする桜。
そんな彼は、会長とゆっくりと話すべく、一緒にトイレに行くという建前で、二人だけの密会の場を作り出したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど、どちらもそんな素振りは少しもないか」
「えぇ、こっちも驚いてます。って言っても、副社長派にはまだそれほど深く接触できていませんけれど」
「――陸奥くんとは長い仲だ。それこそ、まだこの会社が自社ビルを持っていない以前、町の工務店だった頃からの相棒だ。そんな彼が、私に何かをしかけるとは、とても思えないのだが」
「息子さんは」
「あれは時々だが、考えていることが分からないところがある。仕事にかまけて、遊んでやった覚えもないし、どちらかといえば、私のことを煙たがっているのかと考えていた。それだけに――」
と、小便器を前にして顔を曇らせる会長。
どうやら彼の中で、今回の一件について疑心を強く持っていたのは実の息子である社長の方だったらしい。
他人より、血を分けた実の息子を疑うというのが、なんだか業の深い話だ。
一方で、彼が懸念していることも分かる。
あの社長の底の知れなさは、俺から見ても恐ろしい。
どこかまだ人間味のある会長と比べればよく分かる。会社の存続のためとはいえ、あえて対立構造を作り出し、それを由とする彼の度量は並のモノではない。
だがしかし、その行動原理の裏には、彼の父が起こした会社のことを、心の底から愛しているというものがある。
「社長については心配しなくてもいいんじゃないですかね」
「そうだろうか。私は、自分の息子のことが分からんよ」
「普通そういうのは、息子さんが思春期に殴り合いでもして確かめあうもんなんですがね。まぁ、これだけ大きな会社となると、それも難しいんでしょう」
俺も親父とは何度かやりあったことがあるが、今は良好な関係を保てている。
血を分けたといっても、所詮は腹を痛めて生んだわけでもなければ、育ててもらった覚えも薄い、他人に近い存在である。
それをかけがえのない親子へと至らせるプロセスなんていうのは、そういうそれぞれの主張のぶつけあいしかない――とはまぁ、持論であるが。
なるほどそういうものなのかね、と、どこか会長は後ろめたいような顔をして、便所の窓の外から緑の芝生を見ていた。
まぁ、彼らの親子関係に、他人である俺がとやかく言うのはおこがましいだろう。
「とりあえず、これからは副社長派の様子を探ってみようと思います。幸い、なんとか仕事の方も慣れてきましたし」
「陸奥くんも、よい拾いものをしたと君のことを褒めていたよ」
「そりゃなんとも。直接言ってくれればいいのに」
「副社長が平社員を捕まえて、いきなりおべっかなんてできるわけ――うん?」
社長がふと、顔をしかめる。
視線は緑の芝生から、鬱蒼と生い茂っている木々の合間へと向けられていた。
ファールでもしたのだろうか、茶色いその木々の合間に人の姿が見える。
後ろのラウンドを回っていた美人プロゴルファーのオネーちゃんだろうか。
パンツでも見えないかね、なんて、不謹慎なことを考えたのもつかの間――そいつが、頭から季節外れの眼だし帽をかけていることに気が付いた。
手に持っているそれはスリングショット。
ぐいと、めいっぱいにそれを後ろに引いてこちらに向ける姿が見えた。
いけない。
「会長、伏せてください!!」
「えぇっ!? トイレにかい!?」
「言っている場合じゃないでしょう!!」
まだ用を足している最中だというのに、俺は会長を横へと押し倒した。
途端、開いている窓の中に、銀色のパチンコ玉が飛んでくる。
それなりの距離を飛んだにも関わらず、それは窓から入って、個室トイレの扉にめり込むと、ぽろりとその場に落ちたのだった。
「不審者だ!! 誰か、警察を呼んでくれ!!」
すぐさま、俺はそんな叫び声を上げた。
そんなもの自分ですればいいのに、わざわざ声を上げたのは、狙撃手へのけん制のためだ。下手に騒ぎになれば、相手もこれ以上の攻撃は仕掛けてこないだろう。
まるで海外モノのサスペンスドラマのようなやり取りに、こんな状況にも関わらず、思わず白けた気分になった。
まったく、俺は何をやっているのだ。
床に四つん這いにさせたまま、トイレの外に出ると、先ほど林の中に見た狙撃手の姿を、トイレの入り口から探す。
どうやら、
その姿は既に林の中にはない。
代わりに、こちらに向かって駆けてくる、プロゴルファーの姿がある。
「大丈夫なのじゃ、桜よ!!」
「大丈夫だよ。というか、俺の心配よりも狙撃手の方を追ってくれよ。せっかくのイヌ科の鼻が勿体ないだろう」
「のじゃぁ!! 人が心配してやってるのに、なんじゃその言いぐさは!!」
尻尾と耳をぼふりとむき出しにするや、こちらを睨み付ける加代。
心配してくれたのは嬉しいが、会長の命を狙う相手にリーチする情報をみすみすと逃したのは惜しい。
やれやれ、と、頭をかきながら、俺は再びトイレの中へと視線を戻した。
情けなく失禁して倒れている会長から、あえて目を逸らす。
そうして俺は、トイレの床に空いている排水溝にはまった、銀色の球をそっと手に取ってみたのだった。
「加代さんや、これの臭いを嗅いで、犯人を捜したりなんかできんかね」
「だから、
「だよな。やれやれ――」
そう言いながら、しげしげと、パチンコ玉を眺めてみる。
よく見てみるとそれは、完全な円形にはなっていない。なにやらその表面に、模様が彫りこんであった。
なんということはない、それは、パチンコ玉ならばあって当然のもの。
その球の所有者を示す――店の名前らしかった。
「アケボノ会館。ふぅん、なかなか古風な感じの店名じゃないの」
パチンコ屋で会館なんて名前を掲げているところは、個人経営のこじんまりとしたところくらいだろう。そしていかにも古臭い名前だ。
もしかしたら時代の波に飲み込まれて、閉店しているかもしれない。
大型ホールではなく、わざわざ、こんなのを選んできた辺りに、何か意図が感じられる。
「会長、アケボノ会館って、ご存知ですか?」
「アケボノ会館? あぁ、それなら、昔、私たちの事務所の近くにあったパチンコ店だよ。何度か改修工事の手伝いをした覚えはあるが――CR機が流行りはじめたころから客足が遠のいてね、今はもう潰れていて、店主さんもご隠居されてたはずだ」
「ふむ」
はたしてこれにどうい意味があるのか。
アケボノ会館の関係者が、会長の命を狙ったというのか。
いや、それはあるまい。
関係がなさ過ぎる。
深まる謎と共にパチンコ玉を握りしめる。騒ぎを聞きつけて、駆けつけたスタッフたちの中、俺はため息を吐き出した。
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