第207話 会長ナイスショットで九尾なのじゃ
さて。
基本は名誉職の会長。
とはいっても、日がな一日ソファにふんぞり返って、優雅に時間が過ぎるのを待っているばかりが仕事ではない。
会長の仕事というのは言ってしまえば外交官だ。
職務の一線こそ退いたが、これまでの人生で築いてきた人間関係は健在である。
事業の引継ぎ――会社としての関係はそのまま社長に引き継いだが、人脈的な部分まではそうはいかないものである。
そういうのを補うために、三国会長の席はナガト建設に存在している。
「ほほう、三国さん、今日は飛ばしますな」
「いやいやまぐれ当たりという奴ですよ」
「そんなご謙遜を。いやはや、貴社はますます業績好調でうらやましい」
「それこそご謙遜という奴でしょう。例の半導体事業の方、好調と聞こえてますよ」
ここは市街からほどよく離れた山の中。
山一つをまるっと整備して、一日使って回れるようにしたゴルフ倶楽部である。
どうして、俺はそんな場所に三国会長の付き添いということでやって来ていた。
参加メンバーは錚々たる業界人。
某、国内でも有名な半導体製造メーカーの名誉会長に、大手家電メーカーのこれまた会長。さらにさらに、自ら歌って踊って激安をアピールするCMで有名な、某スーパーの会長らが、ずらり居並んでいる。
まぁ、肩書を説明してもらわなければ――最後の一人を除いて――すれ違っても気づかないような方々ではある。だが、そんな面々に囲まれてのラウンドというのは、なかなか気が気でないものがあった。
さらにそこに会長自ら声をかけた、女子プロゴルファーまで参加しているのだから、もうなんというか、落ち着かなくってしかたがない。
テレビなんかでよく顔を見る美人女子プロゴルファー。
そんな彼女たちが、さわやかな笑顔で「おはようございます」とこちらに表情を向けた時には、それが会長に向けてのものだと知ってもどきりとしたものだ。
そして――。
「
当然のようにその中に混じっているうちの同居人。
これにも同じくらいに肝が冷えた。
そういやお前、プロゴルファーだったなぁ。
そういう設定あったなぁ、と、昔なんかの機会で見たことを思い出す。
どうやら会長が気を利かして手をまわしてくれたらしい。
とまぁ、そんな訳で。
某半導体製造メーカーの会長と、うちの会長、そして加代と俺の四人で、今日はゴルフ場を周っている次第だ。
こうでもしないと、ゆっくりと話ができないというのもある。
なにより、社内での話は誰に聞かれているかわからないというのもあった。
俺が社長派でもなく、副社長派でもなく、なによりもまず会長の狗であるということは、就職の経緯からして周知の事実。しかし、社長の思惑が、彼らにバレてしまうのだけは避けたいところである。
「のじゃ!! じゃからさっきから、腰が入ってないと言っておるであろう!! なんでそんなへっぴり腰なのじゃ、桜よ!!」
「うるせえなぁ。デスクワークが主体なんだから、体幹なんてできてなくて当たり前なんだよ」
「もっと日ごろからジムとか行って鍛えるのじゃ!! まったく、見てるこっちが情けなくなるへたっぴぶりなのじゃ!!」
そんな大声で、罵倒しなくていいじゃないのよ。
ちくしょうゴルフなんて初めてなんだから仕方ないだろう。
そんな俺と加代のやり取りを肴にして、はっはっはと会長たちが談笑する。
「愉快な部下ですな。次期、幹部候補という奴ですかな」
「そのつもりだったんですが。まぁ、今はいろいろありまして、陸奥くんのところに預かって貰うことになりました」
「ほぉ、陸奥さんの。それはそれは、彼の下では大変でしょう」
同情の視線が半導体製造会社の社長から飛んだ。
事実、陸奥副社長の下――設計部での仕事は地獄といってよかった。営業は、得意の口八丁でどうにでもなるが、図面設計ともなると、特に勉強もしてこなかった俺には、さっぱりとわからない世界である。
預かってもらったはいいが、下働きでビルを上へ下へ東へ西への大忙し。
そこからさらにアフターは設計の勉強と、もう、安まる暇がない。
ブラック企業、ここに極まれり。
声を大にして糾弾したいくらいだ。
しかしまぁ、副社長のおかげで針のむしろという状況からは脱出できた。
設計部の面々は厳しいが、昔ながらの気骨があるというか、何かにつけて面倒見がよい。至らない俺に、頼んでもいないのに目をかけて、手こそ貸さないが適切なアドバイスをくれる彼らは、素直にありがたい先輩たちであった。
そして、ますます副社長のことが分からなくなる。
まぁ、それはまた別の日にでもするべき話だ。
「しかし、コースも半分も周るとさすがにつかれますな。少し休憩しましょうか」
「そうですなぁ」
「すみません、会長。それでしたら私、お手洗いの方にいかせてもらってもいいでしょうか。さっきから我慢していて」
「おぉ、それなら場所が分からんだろう、私も一緒に行こう」
「いえ、そんな」
「なになに、歳をとると膀胱が弱くなるもの。私も、ちょうど行こうと思っていたところなのだ。連れションといこうではないか」
はっはっは、と、三国会長は豪気に振る舞っているが、これは演技だ。
二人きりの時間を作るために、わざとそういう話の流れに持って行ってくれた。
アドリブだったのだが、そこはあのくわせ社長の親である会長。彼もこういうやり取りはなかなか得意なようで――俺の意図をすぐわかってくれたようだった。
加代を残すのは心配だったが、そうも言っていられない。
今日、こうして慣れないゴルフに出てきたのは、会長と話をするためなのだから。
半導体製造メーカー会長と加代を残して、俺たちはコースを外れて林の方に向かった。早速、会長が俺との距離をつめてくる。
「で、何かわかったのかね」
「何もさっぱり」
「さっぱりって――君ぃ、頼むよ。頼りにしているんだからさぁ」
「なら探偵でも雇われたほうがいいかもしれないですね。とりあえず、貴方の息子さんが、貴方とナガト建設について、何かよからぬ企みをしているということはまずない。それだけは間違いなさそうです」
「ふぅむ」
まぁ、細かい話はトイレの中でしようや。
むさくるしいいおっさんと連れションというのは、なかなか絵面的に厳しいものがあったが――ラブコメ枠から現ドラ枠に移ったのだ別にそれも構わないだろう。
「のじゃ、秘打禿包みは、まずは九つの尻尾を使ってつむじ風を引き起こし」
半導体製造メーカの会長に対して、人間には絶対にできない秘打のレクチャーをする加代。そしてそれを、ほうほうと真面目に聞いている会長。
世間知らずというか、命知らずというか、なんというか。
まったく、気苦労の耐えない接待ゴルフだ。
まさか身内の粗相でここまで気を揉むことになるとは思わなかったけれど――。
「しかし禿包みか、実に恐ろしい技だな」
「会長まさか、は――いえ、なんでもありません」
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