第195話 ほかの女の匂いがで九尾がきゅっ――なのじゃ

【前回のあらすじ】


 高級クラブで三国社長と対面を果たした桜。

 しかしながら、彼に会長への思いを問いただすつもりが、逆に自分について探りを入れられてしまう。


 せっかく信頼を勝ち取った白戸にも、冷たい目を向けられる桜。

 と、そんな彼であったが、キャストの機転を利かす対応により、どうにか追及を逃れることができたのだった。


 はたして、社長・副社長の対立に端を発している、今回の会長周りの不穏な事件は真実なのか。謎を感じながらも、まだ、それを直接社長に確かめる、探りを入れる段階ではないと察した桜は、おとなしく大人の男の夜の社交を楽しむのであった。


 一方そのころ、加代はといえば。


「のじゃぁ、食った、食ったなのじゃ。さすがに、一人でいなりずし十個も食べると、お腹がポンポンなのじゃ。たぬきじゃないけど、ポンポンなのじゃ」


 相変わらずの平常運転であった。


◇ ◇ ◇ ◇


「のじゃ桜よ、服からほかの女の匂いがするのじゃ」


 玄関で出迎えられるなり、死んだ魚のような眼をしてこちらを見る同居人。

 こんなんに迎えられれば酒も一気に毛穴から蒸発するというもの。

 加えて、目の前の同居人はまごうことなきバケモノ・大妖怪・九尾の狐である。


 へん、俺がどこで誰と飲もうと、そんなもん俺の勝手だろう。

 かつての俺ならそう言っただろうが、さすがに日本に帰ってからというもの、無職時代にアルバイト時代と支えてくれた女を前に、そんなゲスい真似はできなかった。


 ごく自然な動作。

 そう、まるで太陽を失った花が、首を垂れてしおれるがごとく。

 多段変形型ロボットが、ヒト型から飛行形態に変形するがごとく。


 俺は玄関入るなり三秒で土下座した。


「申訳ございません加代さん。上司に誘われて仕方なく、高級クラブに行っておりました」


「のじゃぁっ!! 人が半額のおいなりさん食べて、お主の帰りを待っておったというのに、これはいったいどういう了見じゃ!!」


「つきあいだったんです。本当です。社長に近づくチャンスだったんです」


「――エッチなこととかしとらんじゃろうな」


「全然これっぽっちも」


「――本当は?」


「若い娘の太ももははりがあってやっぱいいよね。あと、どさくさに紛れておっぱい触っちゃったよ。いやぁ、あれはまだまだ成長途中、きっともうワンサイズくらい大きくなるんじゃないのか」


「この浮気者!!」


 べしべしべしりと九つの尻尾が俺の頬っぺたをたたき上げる。

 はい、まぁ、ね、調子に乗ったのは認めますよ。けどお前、いい歳してそこそこ遊んでそうなおっさんが、童貞みたいにもじもじしててもいかんだろう。


 だいたい社長は娘だっているのに――うらやまけしからんセクハラっぷりだったぞ。

 お前、俺なんてまだかわいい方だっての。


 と、弁明しようにも、尻尾が止まらないのだから仕方ない。

 結局、俺はハメ技を食らって、玄関隅でスーパーコンボをくらわされると、ぐったりとその場に倒れこむことになったのであった。とほほ。


◇ ◇ ◇ ◇


「で、どうだったのじゃ? 社長が今回の事件の黒幕なのじゃ?」


「そこんところはよく分かんないな」


「のじゃ!! せっかく浮気までして、どうしてそういう肝心なところをちゃんと調べてこないのじゃ!!」


「いや、そういう雰囲気でもなかったんだよ。なんつうかな、聞くタイミングを逸したというか。まだそれを聞いていい感じじゃないっていうか」


「お付き合いか!! もうっ!! 本当に何をやっとるのじゃ!!」


 おっしゃる通りでございます。

 残り物の惣菜をたいらげて、はぁとため息を吐いた俺は、布団へと向かう。


 もうなんというか、今日はとっぷりと疲れきってしまった。

 てっきり事件の核心に迫れるのかと思ったら、場違いな場所で、どえらい人と会って話をするだけという、心の折れる結果であった。

 断言できるね。これでふて寝をしない奴はいないと。


 スーツを脱ぎ散らかし、ネクタイを放り投げ布団の上にダイブする。


 腹の中に枕を抱いて、ふへぇ、と、ため息を漏らしたそのとき、のじゃ、と、加代が悲鳴をあげた。


「人の匂いがついたまま寝るでない!! シャワーを浴びぬか、シャワーを!!」


「えー、だって、もう眠いんだから、仕方ないじゃないですか」


「仕方なくないのじゃ!! ほかの女のにおいがする布団で、眠る身にもなるのじゃ!!」


 枕は二つ、布団は一つ。

 まぁ最近は暑いこともあって、そんな感じで過ごしている二人である。


 怒るのはまぁ仕方ないが、俺と加代はそもそも男と女ではなく、男とペットであって。などと言ってしまうとまた十コンボだ。

 壁も薄いしあんまりどんちゃんやることもできない。


 しかしこっちも酒が入っている。

 眠気もマックスなこの状況で、シャワーを浴びるなぞ、あまり考えたくはないなァ。

 逆に寝られなくなってしまいそうだ。


「ファ○リーズじゃだめなのか?」


「ダメなのじゃ!! 石鹸でごしごし洗って落とすのじゃ!!」


「石鹸てお前」


「のじゃ!! だいたいおぬしが不用意に、女の子から香りをもらってくるからいけないのじゃ。わらわというものがありながら――」


「あぁもう、そんな怒るなよ」


 そういや、キツネとか、犬とか、猫とか、自分の体臭を気にするよね。

 やっぱり不用意だったのかなとちと反省。今後、女遊びをしに行くときには、ちゃんと加代さんの許可を得ようと、そう心に誓うのであった。


「あぁ、けど、面倒、寝たい」


「こりゃ、倒れるな、アホ桜!!」


「お前、大人のおつきあいって意外と疲れるんだぞ、まったくもう、勝手言ってくれちゃって――ZZZ」


「寝るでなぁい!!」

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