第194話 急接近!? 若社長で九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
スタジオ建設案件の受注確定、加えて次長への昇進により調子づく桜。
そんな桜を、次期部長の白戸が飲みに誘った。
いい歳した男が飲みに行くのだ、そこいらの居酒屋ではない。
そこは高級クラブ。可愛いおねーちゃんたちに囲まれて、ご満悦の桜。
と、そこに、唐突に表れたのは――ナガト建設の社長、三国十助であった。
一方その頃、出番のない加代はと言えば。
「のじゃぁ、帰り遅いのう、桜のやつ。せっかく
とまぁ、平常運転であった。
「――どうせ腐るなら、食ってしまっても構わんかのう。うむ、かまわんかまわん」
◇ ◇ ◇ ◇
「おつかれさまです、三国社長」
「おいおいプライベートの場じゃないか、水臭い言い方をしないでくれよ、白戸部長」
「おっと」
「ふふっ、まぁまだ候補だがね。よっぽどのことでもやらかさない限りには、君がそのポジションに収まるのは避けられない運命だよ。圭太」
白戸をからかう三国社長。
最後に名前で呼ぶ当たり、この二人の親密ぶりがうかがえる。
「――ところで、今日は沙織の奴は?」
「ママは今日は体調がすぐれなくて。三国さんがいらっしゃるなら、来るかもしれませんが」
「あぁ、いいいい、カエデちゃんがいるなら、ここは回るし。それに、体調悪いのに呼んでも仕方ないだろう。まぁ、娘の発表会の夜に、ほかの女の匂いなんてつけて帰れば、さすがの嫁も怒るだろうしさ。我慢するよ」
どっかりと上座のソファーに腰掛けると、ふぅ、と息をつく三国社長。
どこかどっしりとした体格の会長と違って、細身でインテリという感じ。しかしながら、女性の前でこうも強がってみせるのはぼんぼんだからか、それとも社長という役職に、それなりの自信を持っているからか。
すぐに彼にあてがわれた女の子が店の奥からやってくる。
カエデと呼ばれた白戸のそれよりは一段劣るが、清楚でよく男を立てる感じの女の子だ。彼女が注いだコニャックを手に、彼は乾杯と杯をこちらに向けた。
まるで俺がここにいるのが、当たり前、だとばかりにだ。
「ほら、今日は君の歓迎会だ、桜くん」
「いや、なんというか、予想外で」
「女の子たちの前で恥をかかすような発言は困るよ、君ぃ」
「あ、いえ」
流れに乗せられて俺は社長の盃に、持っていた自分のグラスを近づけた。チンと硬質な音とともに、俺の持つグラスの中で氷が揺れて不規則な音をたてる。
次いで、白戸とも乾杯をすると、ぐいと一気に三国社長は、盃の中の琥珀色の液体を煽ってみせた。
すっかりと空になったそれを、さぁもう一杯と、隣に侍る女性に差し出す、その姿はまさしく大物感に溢れている。
それこそ、思わず口にしてしまったが、彼の会社でのイメージとの違いに、少しばかり俺は戸惑ってしまった。
「意外かい?」
そんな心根を見透かしたように、グラスに酒を注がれながら、社長が俺のほうに視線を向けてきた。
少しばかり、あの役員会議の中で見せた表情に近いような気がする。
ひやりと冷たいものが背中を走り、思わず隣に座る女の子から体を離してしまった。
「まぁ、会社での僕の役割は、理性的な二代目社長だからね。こんな風に、いかにもな暴君スタイルでやっていたら、うちの会社はバラバラだ」
もう既にバラバラな気もしないでもないが。
いや、考え方が違うのか。
「もともと、うちの会社は小さな下請けの土建屋から始まっている。創業当初からいる役員たちは、ほかの会社じゃ使い物にならないような職人上がりばかりさ。ねぇ、そういう人たちが、中小企業を脱して大きくなった会社をまとめていくことができると思うかい?」
「――まぁ、難しいでしょうな」
無理とは言わなかった。
中小企業にも真に経営者の資質を備えた人物というのは稀に居るものだ。
だからこそ、社長が交代するまで、少なからずこの会社は発展してきた。
しかし、根本的なところで――中小企業から大企業へと至る変革の中で、旧来の中小企業の勢力である副社長派と、新しく時代に沿った新興勢力との間で、軋轢が発生するのは防ぎようがない。
それをあえて承知して、この男は、新興勢力の側についている。
「僕もね、体格はこんなだけれども、根は親父や宗介さんと同じさ。職人気質で、仕事に目がない。女遊びもそこそこに好きだ。まぁ、家庭はかえりみるけどね」
どうだいこれうちの娘、と、彼はスマートフォンをこちらに差し出す。
ウサギのぬいぐるみを抱いて、喜色満面の笑みでこちらを向いている少女には、確かに社長の、そして会長の面影が感じられた。
うぅむ。
もとより、こうして白戸に接近したのは、この社長との直接の知己を得るためだった。しかしながら、思った以上にこの若社長、曲者のようだ。
はたして、俺のような男が、思惑も察せさせずに、うまく相手ができるのか。
「さて、僕も一度話をしてみたかったんだ。親父が見込んだ男というのと」
「役員会議に呼び出されて、さんざ話したような気がしますが」
「あの場所じゃ駄目さ。核心に迫れない」
核心とは。
どぎり、と、隠しようのない動揺が、体を揺らした。
途端、それまで好意的だって白戸の目が冷たいものに変わる。どうやらこの男は、本気で俺をこの社長と橋渡しをするだけだった模様だ。
社長からの提案だったのか、それとも白戸からの提案だったのか。
「君は、親父に、何を頼まれてうちに来たんだい、桜くん」
間違いなく前者だ。
そして、この男、二代目にしておくにはもったいないくらいに鼻が利く。
ふつうこの手の話のお決まりは、ドラ息子が会社をむっちゃくちゃにするものだろうに、どうしてこうなるのか。
言葉につまり、思考がつまり、こちらを見る二つの視線だけが気になる。
と、そこに、からりからりと、場を乱すような水音が聞えた。
見ればカエデと呼ばれた白戸についているキャストが、素知らぬ顔で水割りを作っていた。
誰のものでもなく、自分のものなのだろう。
それを一息にあおると、はぁ、と色っぽい息をテーブルに吐き出して、彼女は怪しく笑う。
「すみません。お酒の席なのに、楽しくなかったので、つい」
「――敵わないな、カエデちゃんには。さすがはこの店のナンバー2。沙織の奴が全幅の信頼を寄せている訳だ」
「ふふっ、おだてても、お酒しかでてきませんよ」
どうやら、このお嬢さんの機転に命を救われたらしい。
「そうだ今日は桜くんの歓迎会だ。ようこそ役員へ。まぁ、つらいこともあるだろうが、頑張ってくれたまえよ。はっはっは」
そう言ってもう一杯、注がれたコニャックを飲み干すと、三国社長はテーブルの上のおつまみに手を伸ばしたのだった。
その場には、彼の腹心の部下のどこか険しさのある視線だけが残っていた。
やれやれ、とんだ歓迎会もあったものである。
そしてこの様子。本当に、この男が、三国会長――彼の父親を疎ましく思っているのか、少々分からなくなる。
なんにせよそれを直接聞くには――まだ早い、それは間違いなさそうだった。
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