第173話 燃え尽きちまったで九尾なのじゃ
プログラミングのできる人材がこれからは多く求められることになる。
もはやプログラミング言語は英語と同じ、人類にとってグローバルに必要となる知識なのだ。つまり、これを身に着けられない人間は、将来食っていけない――。
「うっさい、現在進行形で食えてないんじゃボケ。夢みたいなこというなや」
俺はテレビから流れてくる、お気楽な報道番組に辛辣なコメントを返しつつ、ちゃぶ台に置いてあるせんべいをかじった。
のじゃのじゃ、と、加代の奴がその辺にしておくのだとばかりに相槌をうつ。
わかっちゃいない、何もわかっちゃいない。
IT人材が大事だとお言いになるのなら、その前に現状のIT人材を大切にする仕組みをつくりなさいな。そもそも論、この業界の離職率の高さをどう考えているのよ。メンタル病んで、やめてく人材が、どれだけいるとおもっているのよ。
IT人材の名の下に、多くの職種が統合されすぎているのだ。各工程ごとに必要とされる能力が違うわけで、そのあたりをきっちりと分けて仕事をしていかないと、いくらスクラムがどうの、カンバンがどうのとやったところで意味がない。そもそも、スクラムなんてのは、マンパワーからチームパワーで解決しようという、問題点のすり替えであって本質的な問題――作業量の削減やトラブルの回避・クライアントとのすり合わせなどの銀の弾丸となりえない。というか、そんなものがないことはさんざ言われてきたことであり、建築業界をモデルに、設計者、コーダー、現場監督、運用者くらいの厳密なうんたらかんたら。
ちょぁ、と、後ろで加代が俺の頭を叩いた。
なんだようと振り返ると、彼女が怪訝そうな顔をする。
「なんだか悪い妖気のようなものがたちこめておったのじゃ」
「――そりゃまたどうも、悪うございましたね」
「のじゃのじゃ。前職に関係のある話じゃから、ついつい気持ちを入れてしまうのもわかるが。考えすぎは体に毒なのじゃ」
それよりほれ、こういう仕事はどうなのじゃ、と、加代が指をさす。
さきほどまでお気楽なコメントが流れていたテレビでは、小学生たちがパソコンでプログラミングに興じる姿が映し出されていた。
みな、活き活きとした表情で、ディスプレイのキャラクターを動かして遊んでいる。
その姿に、なんというか、学生時代の自分の姿が重なって見えた気がした。
仕事をする前は、もうちょっと、純粋にプログラミングを楽しめているような、そういう部分があったような気がするな――。
俺は、この数年間で、いったい何を失ってしまったんだろう。
そもそも、そういう情熱が、俺には元からあったのだろうか。
いや、あった。
あったから俺は専門学校に入ったのだ。
入った、そのはずなのに――ままならないものだな。
「のじゃのじゃ。よく、野球やってた人間が、プロになれなくて、少年野球チームのコーチになったりとか、そういう話もあるのじゃ。何も、プロとして、職業としてそれをやっていくのが正解ということは、必ずしもないはずなのじゃ」
「わかったような口をきくなよ」
「わかっているのじゃ。
ただでさえ、彼女は長い時代を生きてきた。
人間の歴史は進歩の歴史だ。時という奔流の中をかき分けるようにして生きていく、そういうものなのだ。
その奔流の中を、彼女は必死に生きてきた。
それに比べて俺はと思えば――加代が肩を叩く。
「のじゃぁ!! 落ち込ませようと思って言ったわけじゃないのじゃ!!」
「――加代」
「つまりじゃ、プロとしては通用しなかったかもしれないけれど、きっとそれでも、その知識が、どこかで生きる時が来る――そう
「そう、だと、いいな。うん、そうだと」
「のじゃのじゃ。きっと、そうなのじゃ!!」
そう言って、加代は俺の隣に座ると、そっとその身を俺に預けてきたのだった。その重みが、どうしてちょっとだけ、俺には心地が良かった。
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