第166話 神無月のなんちゃらで九尾なのじゃ

 はい、まぁ、キャリアコンサルタントの加代さんに紹介されて、俺は新しい仕事についたのだけれども、だ。

 やはり狐娘の言うことなんぞ、まともに聞いてみるものではない。

 前職の知識や経験がほぼほぼいらず、かつ人手が足りていない職種。それでもって、やっぱり引っ越すのもどうかということで、近場で探してみてもらったのだが。


「のじゃのじゃ。そうなると、わらわのツテのある会社くらいしか難しいのじゃ」


「というか、お前、ツテがあるのかよ」


「まぁそれはのう。ほれ、ジブ○の平成狸合○みたいに、オキツネが人間社会で生きていくには、それなりに互助するためのネットワークが必要なのじゃ」


 狐たちの隠れ場所というのが、ちょっとばかり心配だったが、まぁいい。

 こいつとのやり取りで、狐娘との付き合い方というのは、少しくらいは分かってるつもりだ。地雷を踏むことはたぶんないだろう。


 正社員待遇で受け入れて貰えるのならばと、ひとつ、俺は彼女にその仕事について紹介を頼んでみた。


 しかして、その判断は大きな間違いだった。


「――なるほど、神社か。お前ら曲がりなりにも神様の使いだから、そういうところで働くのは、自然なことなのかもな」


「のじゃのじゃ。そうなのじゃ。全国のお稲荷さま系の神社では、わらわたちの仲間がこっそり働いていたりするのじゃ」


「しかしなぁ。職種が――巫女ってのはお前、どうなんだよ」


 俺は男だ。

 男だ俺は。


 ここは神社の社務所の中。

 どうして俺は巫女服を着て、そこでお守り売っていた。


 どうして緋袴に白い小袖に胸パッド、かつらまでかぶって俺はこんな仕事をしているのだろうか。おかしいだろ。巫女さんじゃなくても、男だって神社で働いてたりするだろう。


「のじゃのじゃ、仕方ないのじゃ。男女雇用機会均等法という奴で、巫女さんに男もなれなくてはいけなくなってしまったから」


「伝統を破壊してまでフェミニズムってのはするものなんですかね」


 よく男根的だと注意される俺には、そこのところがよく分かりません。

 普通に、俺も浅葱色の袴を着て、かつらはずしてお仕事したいのですが、それではダメなのでしょうか。許されぬことなのでしょうか。


 とりあえず、絵面的にはたいへん許されない状況だと思うのですが、そこのところどうお考えなのでしょうか。


「のじゃのじゃ。よう似合っておるのじゃ――ぷぷっ」


「ぷぷじゃねえだろ。お前、さては、俺のことをハメやがったな!!」


「お主が自分で決めたことではないか、情けないことを言うでない!!」


「そりゃまぁこの仕事を選んだのは俺だけど」


 業務内容は、社務所での御朱印やお守りの販売ってあったから、選んだわけで。

 まさか制服と共にかつらと胸パッドまで支給されるなんて、いったい誰がそんなことを考えるって言うんだ。


 渡された方にしたって、さすがにそんなの冗談だと思うじゃないか。

 けど、周りの人たちの目が本気なのだもの。


 流石に更衣室は男女別だったがやれやれ――狐につままれた気分とはこのことだ。


 いや、待て。


「――加代ちゃんさん、まさかとは思いますけど」


「のじゃ? 何がまさかなのじゃ?」


「――これ、悪質な悪戯とかそういうんじゃないですよね?」


「にょほほほ、おかしなことを言うのう、仕事に決まっておるじゃろう」


 口元を隠して加代の奴が笑う。

 そしてにょっきりと頭の上からその狐耳を出すと、その目を怪しく細めた。


「仕事も仕事、立派な仕事なのじゃ――昔から、じゃからのう」


 やはり、はめられたのだ。

 この職場どうにもケモノ臭いなとばかり思っていたが、さては他の職員も、加代と同じく狐たち。


 俺はものの見事にきつねにつままれたという訳だ。


「のじゃふふふっ、馬鹿正直に信じて巫女服なんぞ来て、桜よ、お主もお間抜けさんよのう。女装した男の巫女など需要があるはずなかろうて」


「お前ほんと、真剣に、仕事しようと、思ってた、人間捕まえて、なにしてくれんの」


「まぁ、たまにはこうして、わらわに化かされるのもよいじゃろうて。しかし、どれどれ、なんど見ても恥ずかしい格好じゃのう。のじゃふふふ――」


 ちくしょう騙された。

 いつものはらいせか、それとも、きまぐれか。なんにせよ、所詮は畜生、信じた俺が馬鹿だったという奴である。


 きつねの戯言――もとい会社ぐるみの壮大なドッキリに、まともに付き合ったのが間違いだったのだ。


「まぁ、そうかっかするでないのじゃ。ちゃんと普通の仕事着も用意してあるから」


「人の仕事しようって気持ちを、裏切るようなことはやめてくれるか。頼むから」


「大丈夫なのじゃ。もう、こうやって恥をかかすのも、これから上手くやっていく上での通過儀礼であって――」


 と、その時だ。お守りを買いに来ようとした観光客だろう。

 女の子二人――彼女たちは俺と加代を見るなり、くすくすと顔を歪める。


「やだ、耳生えてる」


「そっちの人は女装してるよ」


「なにこれ、コスプレ神社ってこと?」


「面白ーい」


 止める間もなく、パシャリと一枚写真を撮られて逃げられる。

 そして、数時間も待つことなく、それはソーシャルネットワークサービスをかけめぐり、俺たち二人はおかしな巫女さんとして、トレンド入りしてしまうことになった。


 参拝者は増えるのは良いが、ちょっとこの悪ふざけはいただけない。

 二人揃ってクビになったのは言うまでもない。


「のじゃぁ!! そんな、ひどいのじゃ!! 確かにこのことをやろうと言い出したのはわらわなれど、皆ノリノリであったではないか!!」


「まぁ、耳出したのはお前の落ち度だろ」


 やれやれ、狐たちからもつままれる九尾とは、これどうなんだろうね、ホント。

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