第165話 転職エージェントで九尾なのじゃ

 転職エージェントにはいろいろと登録してみていた。

 実際に、コードを書くタイプの奴にも登録してみたし、コミュニティにも拙い技術レベルながらも参加してみた。


 しかし、やはりネットなんかで一線で活躍しているプログラマーに対して、俺は技術的な面で二手三手と劣る。

 どうにも便利屋で、しっかりと大きな仕事に携わってきたことがないのが、ここに来てネックになっているように、そう感じた。

 仕事があるのはありがたいが、その仕事が、自分の人生にどれだけの豊かさを与えてくれるか、よくよく考える必要があったのかな、と、今になってみて思う。


 俺が新人のころに最初に面倒見てくれた上司は、よく、今の仕事を大切にすることが次の仕事につながる、そう酒の席で言っていた。

 しかしながら、今の俺はどうだろう。


 仕事を大切にしなかったのだろうか。

 お客様を大切にしなかったのだろうか。

 はたまた、これは一時のめぐりあわせだろうか。

 そもそもそういう才能がなかったのかもしれない。


 考えれば考えるほど、頭が痛くなる。

 誰か相談できる相手が欲しいと、気がつくと、俺はキャリア相談のセミナーへと応募していた。


「のじゃのじゃ。コーンキャリアセンターへようこそ。私、キャリアマネージャーの加代ちゃんなのじゃ」


「そして、こんな深刻な前振りをしたにも関わらず、まったくなんの遠慮も出てくるのな、お前ってホント」


 駅前にある、何十階とある高層ビルである。


 はたして思うだろうか。

 こんな日本の経済を動かしていますと言う感じの、ご立派なビルの一角で、十畳あるかというワンルームで暮らしている狐の同居人が働いているなんて。


 失敗だった。

 一日無駄にした。こんなことなら、家で漫画でも読んでいるのだった。


「のじゃのじゃ、桜よ、お客さんだからってそんなかしこまらなくてもよいのじゃ」


「かしこまってんじゃねえよ後悔してるんだよ」


「まぁ、わらわがこうして、マネージャーとして担当することになったからには、ばっちりよいとこ紹介してあげるのじゃ。目指せ、年収一千万なのじゃ」


「婚活女子みたいなこというなよ。四百も稼げりゃ、俺はもう満足だよ」


 意識が低い、と、狐娘に喝破される俺。

 いや、妥当な判断だと思うんだけれどもね。実際、ろくな経歴じゃない訳だし。


「派遣会社とはいえ、五年も勤めたのは立派なキャリアなのじゃ。たしかに、これと言って大きな仕事には携わっていないが――それは裏を返せば、小回りの利く人材じゃということじゃ。大きな仕事は大きな仕事で、逆につぶしが利かないもの。三十を前にして、新しいキャリアにチャレンジしようというチャレンジ精神も、花丸をあげたいくらいなのじゃ」


「――お、おぅ、お前、なんかめちゃくちゃ褒めるのな」


「褒めて伸ばすのが、この加代ちゃんマネージャーのやり方なのじゃ。だいたい、こういうコンサルに来るお客さんは、自己評価が低いのが多いのじゃ。そういうのに、ちゃんと前を向いてあげさせるのも、わらわの大切な仕事のひとつなのじゃ」


 もっともらしいことを言ってくれる。

 いつも部屋でごろごろと、漫画読みながらジャンクフードを食い漁っている、駄女狐――その口から出た言葉とはちょっと思えない。

 というか、もっと言えば、いつも仕事に失敗して泣きを見ている彼女からは、とてもじゃないが想像がつかない凛々しさである。


 そう、そうだ、騙されてはいけない。

 この駄女狐は、これで結構、自分の仕事は失敗してきているのだ。その、驚くほどのポジティブさも、裏を返せば己自信への憐憫ではないのか。


「そうは言うがな加代ちゃんマネージャー。俺なんかに、そんないい仕事があるとは思えないんだよな」


「所変わればなんとやら、なのじゃ。ひとつ、都会に出てみるのも選択肢の一つではあると思うのじゃ。別に、この近辺でなければ、仕事ができぬという訳でもなかろう」


「いや、それはそうだけれども――」


 一人暮らしをしている手前、加代の言う通り、都会に出て行くというのはできない選択肢ではない。というか、それもやむ無しかなあと、思っている部分はある。


 あとはもう踏ん切りである。

 しかし――。


「大丈夫なのじゃ。桜なら、どこだってやって行けるのじゃ」


「そうじゃなくてだな」


「のじゃ?」


「お前は、どうすんだよ。俺が引っ越したら、困るだろう、普通にほれ」


 行くところがなくって、転がり込んできたこの駄女狐を、放ってどこへなりとも行く訳にはいかない。できることなら、元の仕事をしていたこの辺りで、と、俺は思っていたのだ。


 こんなどうしようもない俺だが、同居人くらいは、大切にしてやりたい。

 それは心からの本心だった。


 と、そんな俺の心の内を、知ってか知らずか、加代の奴がむずがゆそうな顔をする。

 それから、ぷっと、彼女はなぜだか息を噴き出したのだった。


「のじゃ、そんなことを気にしておったのか、桜よ」


「そりゃおまえ、気にするだろうがよ!! 一緒に住んでんだから!!」


「どうりでおぬしほどの人間が、仕事を見つけられぬ訳じゃ。なんのなんの、何も気にすることなどない。わらわわらわで、なんとでもやっていける」


「いや、そうじゃなくって――」


 一緒に居たいから、選んでんじゃねえか。

 言わせるなよ。部屋じゃなくって、こんな公共の場で。


 耳まで火照るのを感じながら、俺はつっと視線を下に逸らした。

 白と黒のタイルが、交互に敷き詰められている、その境界線をじっと視線で追いながら、俺はしばし加代の答えを待った。


 また、ふふっ、と、噴き出して、加代が咳ばらいをする。


「まったく困ったのう。変な男に憑りつかれてしもうたわ」


「憑いてんのはお前だろう九尾の狐め」


「そうじゃ、わらわが好きで憑いておるのじゃ。じゃから、どこへ行こうが、何をしようが、地の果てでも月の裏でも、わらわはお主に憑いて行くのじゃ」


 じゃから心配せず、仕事をさっさと決めてしまうのじゃ。

 そう言って、彼女は俺のために用意してきてくれたのだろう、就職先の書類のリストを机に置いたのだった。

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