第164話 資格試験で九尾なのじゃ
いかん。
何社か中途採用の試験を受けてみたはいいものの、まったくもってかすりもしない。
就職氷河期とろける。いまや完全に世の中は売り手市場――とはニュースで言っているが、そりゃあくまで新卒の話。数的にあぶれているおっさんたちに、それほどの需要がある訳でもなし。
今にして思えば、職歴も、まぁ、これといって特筆するようなものもない。
有名なウェブコンテンツを造った訳でもなし、パッケージソフトを造った訳でもなしである。リーダーとして担当した仕事もこれといって何もなく、言われるがまま支持されるがままにプログラムを組んできた身としては、はたしてこれ以上のキャリアが望めるのかと、相手側が身構えてしまうのもなんとなく分かる。
こんなことならもうちょっと、がっつりといろんな仕事に食いついていくべきだったと、仕事を辞めてから後悔する。
後から来る悔いだから後悔である。言っても仕方のないことだが、やれやれ、キャリアについて、もうちょっと真面目に考えておくべきだった。
宵越しの金は持たずとも、手に職くらいはもっておくべきだったか。
はからずとも、世は情報処理技術者試験の時期。
できるプログラマーは資格よりも、まず、技術を信念に、参考書ばかり読んできた俺は、いまさら資格勉強に手を出したのだった。
「のじゃのじゃ。最近、夜遅くまで勉強しておるのう」
「おう。一週間後に試験なんでな」
「資格試験かえ。大変じゃのう。まぁ、しかし、こういうのは、学生の内に取っておくものじゃ。ものぐさだった若い身空の自分を恨むのじゃのう」
卓袱台を前に勉強している俺をからかうように加代の奴が言う。
そう言いながらも、お茶と夜食代わりのせんべいを、それとなく机に置いてくれるのがなんともいじらしい。
ありがたくせんべいの袋を開けると、俺は情けないため息を吐きだした。
「いやしかし、実際お前の言う通りでさ。若い頃ほど、頭の中に、なかなか入ってきてくれないんだな、これが」
「のじゃ、歳をとるとはそういうものなのじゃ」
「三千年生きてる奴から言われると、なんか重みが違うな」
「それに、ただでさえ最近は、一人当たりがやるべき仕事が増えておるからのう」
「そうなのか?」
「こんぴゅーちゃーが出て来てからというもの、単純作業がすぐにできるようになった反面、複雑な作業しか人間には残らなくなったのじゃ。よく、将来、えーあいに仕事が奪われる、なんて言っておるが、どっこいもう仕事はほとんど奪われておるようなものなのじゃ」
奪って来た側の人間――社内業務のシステム化だとか、ラインの自動化だとかに携わって来た俺としては、耳が痛くなる話である。
まぁ、長い目で見りゃそうなんだけれども。
自分の湯飲みをすすって、ほうと余裕のある表情をする加代。
俺と同じで、定職を持たないはずの狐娘が、どうしてこうも平然としていられるのか。結構、これで、無職が長くなってきたのをキツく思っている俺としては、その超然とした態度を素直に凄いなと思っていた。
「まぁ、資格をとるというのは悪い話ではないじゃっろう。人間、そういう自分の力を証明するもの――というモノをもつのも時に大切じゃ」
「そうだな」
「自分が何者であるかなど、世に名を遺した偉人でさえ、常に懐疑して生きておるのじゃからのう」
流石は人類史を傍目に見て来た狐どの、良いことを言ってくれる。
そんなやり取りで、ほんの少しばかりではあるが、気は楽になった。
憑き物でもついたような顔をしていたのか。
それとも、単に気まぐれか。
はたまた憑いていたのはこの九尾か。
俺がほっとしたのを見るや、加代がにこりとほほ笑んでこちらを見る。
「うかるといいのう、資格試験」
「だな。この資格持って、どや顔で、次の就職先をキメてやりたいもんだぜ」
といっても、社会に出てしまえば、給料のベースアップ以上に役に立たないのがこの手の資格。あんまり過度の期待をしても仕方ないなと思いつつ、過去問題の採点を俺は加代に依頼するのであった。
「のじゃ、任せるのじゃ。試験官のアルバイトは、
「へいへい、そりゃ頼もしいことで。厳しく採点お願いしますよ」
「任せるのじゃ!! ほどよく、びしっと、そして、やんわりいいかんじに採点してやるのじゃ!!」
「お前が甘くしたって俺が試験で有利になる訳じゃないんだから」
勘弁してくれよまったく。
ただ、そんな気遣いがちょっと嬉しい。
試験に受かったら、ほんと、ご褒美とお礼もかねて、どこかに食べに行こうかね。
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