第158話 パソコンショップで九尾なのじゃ

 やはりバイトと言っても自分の特技を活かせるものが良い。

 いろいろと、情報雑誌を漁ってはみたが店頭の情報に勝るものはい。

 途方にくれた俺はふらりと入ったPCショップの店員募集の張り紙に、一・二と躊躇することもなく、すぐさま飛びついた。


 躊躇なんてしてみろ、あの鼻の利くフォックス娘が就職の匂いを嗅ぎつけてやってくる――きっとそうに違いない。


 これ以上、俺の仕事の邪魔をしてもらっては困るのだ。

 同居する男と女として、どちらにも依存しないフェアな関係を造る必要がある。

 そのためにも、俺は頑張って稼ぎを得なくてはいけない。


 あいつによって職場を潰される訳にはいかないのだ。


「前職はプログラマーか。すると、うちのお得意さんだったんだね」


「簡単な修理くらいならできると思います」


「うーん、まぁ、それも業務の内ではあるけれど。基本は客商売かな。大丈夫、やれる?」


「――そこはまぁ愛情でカバーします」


 面接を終え、無事に店主さんから合格のお言葉をいただいた俺は、さっそく明日からでも働けるようにと、面接をしていたバックヤードからそのまま店内へと案内された。


 いつも――というか、仕事などで不足のパーツやケーブルが出た時などに使っている店舗である。どこに何があるかなどは、目を瞑ってでも把握している。

 今更説明されてもなとは思いつつも、せっかくの好意を無下にもできず、しばし、俺はどこか朴訥とした店主さんに手狭な店の説明を受けていた。


「まぁ、分かってると思うけど、うちは精密機器を扱ってる店だから」


「はぁ」


「静電気と埃は厳禁ね。家で動物とか飼ってないよね」


「――飼ってはないです」


 同居はしておるが。

 無駄に尻尾が九つもある狐娘と一緒に暮らしている。なんてことを知ったら、この店主はどんな顔をしてくれるだろうか。


 いやよそう。

 そんなことを考えていると、決まってアイツがやってくるに決まっているのだ。


「しーぺーゆー、新しい、しーぺーゆーはいらんかえ。まじゃーぼーどもあるのじゃ。お前じゃない、これがまじゃーぼーどになるのじゃぞー。いらんかえー」


「言うてる傍から、ほんとこういうのは仕事が早いんだから」


 店の外から聞こえてきたのは荷車を引いた俺の同居人――加代であった。

 麦わら帽子に手拭い、そして九つの尻尾ともふもふお耳を出して、彼女は小さなPCショップの前に停車した。


「そこなPCショップの店主。新しいしーぺーゆーとまじゃーぼーどがあるのじゃが、どうじゃ、買っていかんか」


「いかぬ、帰れバカたれ!! どこで俺のバイト先を嗅ぎつけた!!」


 のじゃ、なんでこんな所におるのじゃ、と、加代が今更なリアクションをする。

 お前はかれこれ百回近く、こんなやり取りをしておいて、どうしてそんなことが言えるのか。


 いや、実質五十回くらいはなんか違うような気がしないでもないし、海外行ってた気もするが――まぁいい。


「お前のようなうさんくさい輩から、買うようなものはない。帰れ帰れ、オキツネ、ゴーホーム!!」


「のじゃぁ!! うさんくさいとはなんなのじゃ!! わらわ昨日はちゃんとお風呂に入って、尻尾も弱酸性のシャンプーでしっとり洗ったわ!!」


「知ってるよ!! そういうこと言ってんじゃねえの!!」


 のじゃ、まさか桜、わらわのお風呂を覗いていたのじゃ、と、紅い顔をしてこちらを見る加代。そんなことせんでも、狭いワンルームのアパートだったら、同居人の風呂くらい分かるというの。


 なんにしたって、これ以上、彼女の与太話に付き合う訳にはいかない。

 そして、この全身毛むくじゃら、静電気たっぷりにもっふもっふのケモケモ娘を、PCショップに入れられる訳がない。


 帰ってどうぞと、俺は加代を全力で押し返した。

 しかしそこは加代。


「のじゃぁ!! 桜よ邪魔するななのじゃ!! わらわはどうあっても、今日、しーぺーゆーとまじゃーぼーどを売らなくてはならないのじゃ!!」


「そんな荷車に乗せられた精密機器なんか信頼できるか!!」


「なんじゃと!? 信頼と安心のオキツネ製品を馬鹿にするのか!? いまや精密機器業界は、オキツネコーンで狐が牛耳ってるのじゃ!!」


「たしかに最近凄い勢いだけれど――時事ネタはやめい、多方面に迷惑かかるでしょ!!」


 あと、オキツネコーンとか、微妙な訳し方やめなさい。

 それと、そのブランド名分かる人は、ごくごく限られるから。


 知らん人は『鴻海』とかでググってみてね。

 って、何を思っとるのだ、俺は。


 ますますヒートアップして怒る加代。


「のじゃぁ、こうなったら仕方ない!! このお店の株式を買収して、わらわのパーツの専売店にしてやるのじゃ!!」


「そんな財力あるなら家計に入れてくれよ!!」


 寝言は寝て言って欲しい。

 とその時、ふらりと加代の奴が、その場に突然倒れ込んだ。


 時は今、汗が滴る、文月かな。六月だというのに、雨も降らずにめっぽうに暑いそんな中、荷車を引いてしーぺーゆーとまじゃーぼーどを手売りなぞすれば、まぁ、そんな感じになってしまうのは仕方ない。


 せめて尻尾くらいひっこめればいいのに。

 のじゃぁと呟いてその場にダレた加代。知り合いなのと、迷惑そうな顔と共にこちらに彼女との圏形成を問う店長に、俺は深い深いため息で返したのだった。


 やれやれ、ほんとう、どこまでも俺の仕事を邪魔してくれるよこのオキツネさまは。


「ね、熱暴走なのじゃ、おーばーきゅろっくという奴なのじゃぁ」


「あーもー、無理すんな」

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