第157話 マスター彼女においなりさんをで九尾なのじゃ

「捨てる神があれば拾う神ありとはまさにこのこと」


 加代にバイトを潰されることはや二回。

 九尾がクビになるだけでは飽き足らず、俺まで連座してクビになるという展開に、あぁこれからしばらくこのテイストが続くんだろうなと思っていた矢先、思わぬバイト先に拾われることになった。


「男にはそういう腐ってる時期ってのもあるもんさ」


「マスター。ありがとうございます、声かけてくれて」


「なに、ちょうどカウンターがいい感じにスペースが空いていたからさ。その隙間を埋めるのに都合がよかっただけさ」


 ここは俺が仕事をしていたころ、ちょいちょい飲みに通っていたバーである。

 加代のせいでバイトがご破談になり、久しぶりにやけ酒を飲みに来た俺を、だったらうちで働くかい、と、声をかけてくれたのがマスターだった。


 客だった頃かからのことだが、何かと親身になって世間話に付き合ってくれるいかしたロマンスグレーの爺さま。まさか仕事の世話をしてもらう日が来ようとは、俺もちょっと思ってもみないことだった。


 まぁ、それはさておき。

 一時的なバイトとはいえ、せっかっく手に入れた職である。


 一生をこの仕事で終えるつもりは毛頭ないが、任されたからには全力で応える。

 男ならやってやれだ。俺は意気込んで、制服のベスト状になっている黒いユニフォームを着て、これでもかと胸を逸らすと、躍動感たっぷりにシェイカーを振った。


「こらこら桜くん、力が入りすぎだよ。なにも早く振ればいいってもんじゃない」


「すみませんちょっと力が入っちゃって」


「女の子と遊ぶのと同じさ。ゆっくり丁寧に、激しくするのも繊細に気を使わなくっちゃね」


 マスター。

 ベースケだとはうすうす感じていたが、そういうことも言うのか。


 いやまぁけど、彼だったら、なんだか許されてしまうような、そんな気もする。

 うん、とりあえず、俺は許した。


 開店直後で人が居ないからこそ、こんなやり取りもできるのだろう。

 さぁ、お客様が来る前に、もうちょっと身だしなみを整えて、と、蝶ネクタイを整える。そんな所に、からりからりと、来客を告げる鈴の音が響いた。


「いらっしゃいませ」


「――ここに腕のいいバーテンダーがいると聞いてやって来たのじゃ」


「ほう。そう言う貴方は」


「見てわからないのじゃ!! わらわこそは――腕利きのバーテンダー相手に、バーテン勝負を挑む流しのバーテンダー!! 人呼んで、狐バーテンダー破りの加代ちゃん!!」


 女バーテンといういでたちで、びしりとキメ顔をして見せたのは、俺がよく知る狐娘だ。前回、異物混入で痛い目を見ていながら、黄色い耳と尻尾を隠そうとそもしない成長のなさっぷり、そして、狐バーテンダー破りという、どこからツッコミを入れていいやらもはや分からぬその肩書に、俺は持っていたシェイカーをその場に落としてしまった。


 なにしてんの。

 いや、なにきてんのこのオキツネ。


 せっかく人が、うまいこと仕事にありついたってのに。邪魔しに来ることないじゃんかよ。


 いや、分かっていたさ。

 なんというか、そういう流れからはしばらく逃れられないんだろうなって。

 さっそく変化球を使って攻めて来てはみたけれど、これ、しばらくお仕事ネタが尽きない限りは、続いて行くんだろうなって。


「ふっ、バーテン勝負ですか、面白い」


「ルールは簡単。どちらがより独創的で美味しい、スペシャルなカクテルを造れるかで勝負なのじゃ」


「なるほど、ならば私もとっておきのカクテル――爺元気汁○命酒のたまご酒をお見舞いするしかないですね」


「にょほほほっ、わらわの必殺カクテル、赤いき○ねと緑のど○兵衛デンジャラス・アブリャゲ・ミックスに勝てると思っておるのかのう――返り討ちにしてくれるわ!!」


 バー破りにやって来たのはお前だろう。

 返り討ちにされるのはお前だし、そもそもそれカクテルですらないし。

 もう、本当、どうしてこんな厄介ごとばかり運んでくるのか、この九尾の狐は。


 当然、二人のバーテン勝負は、やってくる客を不快のどん底へと突き落とした。

 馴染みの客を悪乗りによって軒並み飛ばした店は、その日限りで畳まれることになり、マスターは東京でサラリーマンをしている息子と同居することになったのだった。


 喧嘩により、長らく対話もなかった息子と和解できるきっかけができたと、マスターは嬉しそうに俺に言った。

 過程はどうであれ、万事丸く収まった。

 めでたしめでたしという奴である。


 俺のバイト先がつぶれたこと以外については、だが。


「こんな変化球ぶっ込んでくるとか、また長くなるぞこのシリーズ――」

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