第156話 おいなりバーガーで九尾なのじゃ
レンタルショップをまさかの出勤一日目にしてクビになるという、どこぞのオキツネに負けないトリプルAの解雇劇を決めた俺。
しかしながら、それはそれ。
加代の奴がでしゃばったせいだと深くは考えないことにして、再び、何かいい感じのバイト先はないかと、就職情報誌を眺めていた。
やはりこの手のお仕事で多いのは、飲食業とサービス業。
特に飲食業については、ファーストフード店からレストランと、幅広く平日勤務できる人材を求めている。
もとより、これと言った再就職先もないことだし、暇をしているくらいならと思い至ってはじめたアルバイトである。
すぐに俺はその中から、待遇がよさそうで、かつ、そこそこ暇そうな職場を洗い出すと、面接にこぎつけたのだった。
結論から言えば、俺が選んだのはファーストフードの代表格バーガー屋だ。
駅前からほどよく離れ、また、健康志向によって客層を選ぶその店は、ほどよく暇なことが予想できた。
給料もまぁ、フルタイムで働くことを考えたら安いが、悪い方ではない。
そして今日はそんな面接日。
バイト先のテーブルに腰かけてマネージャーを待つ俺。おそらく、俺よりも若いんじゃないだろうか、いかにも接客業できますという感じの、はきはきとした男が店の中から出てくると、俺に声をかけた。
「お電話で面接の予約をいただいた桜さんですか?」
「はい」
「ここの店のマネージャーです。いやぁ、探してたんですよ、貴方のようにタフな感じのフリーターを」
一応、こっちとしては、まだフリーターに身をやつしたつもりはないのだが。
相手もこちらを褒めて言った台詞である。否定するのもどうかと思い、はぁ、と気のない返事をする。
いっそムカつくくらいに爽やかな笑顔をこちらに向けたマネージャーは、俺の対面へと座ると、それじゃあ改めてよろしくお願いしますと頭を下げた。
うぅむ、柄でもないが、ちょっと緊張してきた。
「まず、前職はプログラマーということですが。どういう経緯でお仕事はやめられたのですか」
「あ、いきなりそれを聞きますか」
「一応、メンバーとトラブルなど起こされては困りますから。協調性のある方をこちらとしても採用させていただきたいと思いまして」
バイト一人を選ぶのに真面目なことである。
今時、人手が見つかるだけでも御の字なのだから、細かい人間性なんて無視して、ポンと判子を押させりゃいいのに。
まぁいい、そこら辺はこっちも織り込み済みだ。
「実は私が辞めたのに前後して会社が倒産しておりまして。要は、強引な人員整理に巻き込まれてしまったんですよ」
「――なるほど。すると、勤務などに著しい問題があったという訳ではないのですね」
「ひどい言い方しますね。まぁ、派遣会社ですから、そもそもそんな人間性に問題があるなら、仕事なんてできませんよ」
「それもそうですね」
「そうですよ」
笑顔の応酬である。
おう、接客業でこそないが、こっちもクライアント変わるたびに、しつこいくらいに面接はこなしてるんだ。ファーストインプレッションのすがすがしさについては、自慢するほどではないが自信はあるぞ。
「なるほど、これなら問題なさそうですね。信頼してお仕事をお任せできそうです」
「はっはっは、バイト相手に過剰な期待を抱きすぎじゃないですか」
「この業界はバイトで成り立ってる部分がありますからね。まぁ――あとはそうですね、実際にバイトをしている先輩の印象次第でしょう」
あ、これ、あれだ。
前にも感じたことのあるアレだ。
妙に既視感のある展開。ぞわりと毛羽立つ俺の肌。
おーい、バイトリーダー、と、マネージャーがそれを呼ぶ。
カウンターの奥――バーガーを造っているキッチンからでてきたのは、見えやしないのに満点スマイルと、不衛生な九つの尻尾を持った生命体。
「加代!! またお前か!!」
「のじゃっ!! 狐は生来雑食性、パンもお肉も食べられる――けれども米派な加代ちゃんバイトリーダーなのじゃ!!」
自信満々に尻尾を振ってピースをする加代。
見間違うはずもない。そんな表情をバイト中にドヤ顔できる狐娘を、俺はこの世界で一人しか知らない。
お前ほんとう、どこでも仕事してるのな。
これだけいろんなところで仕事しておいて、どうしてそれを社会的な信頼につなげることができないのか。逆に不思議なくらいである。
のじゃのじゃ、と、半笑いを浮かべてカウンターを経由して俺の前へとやって来た加代は、ふんすと鼻を鳴らして胸を逸らした。
「うちでバイトリーダーとして働いてもらっている加代さんだ。いろいろな仕事を経験していて、コミュニケーション能力も高い。まさに理想のフリーターだよ」
「のじゃ、そんな、マネージャーさん、照れるのじゃ」
「言うほど持ち上げられてもないぞ」
安いプライドしてるな相変わらず。
しかしながら、同居人がほかの男にデレるところを見せられるのは、結構きついものがある。別になんとも思ってない、普通の同居人だけれど、キツいもんはキツイ。
うん、キツイ。
「のじゃ、桜よ、なんでいきなり
「――狐がつままれたい気分だからだよ」
「意味が分からんのじゃ!!」
やめるのじゃ、と、その手を振り払う加代。
まったく、どこまでも勝手なオキツネ様である。まったく。
とまぁ、そんな俺と加代のやり取りをみて、何かを察してくれた様子のマネージャー。
「なんだ加代さんの知り合いだったのか。それなら話が早いね」
「――あぁ、それで話は速くなっちゃうんだ」
「彼女の知り合いということなら、こちらから頼んで来てもらいたいくらいだよ」
これからよろしく頼むよ、と、椅子から立ち上がりこちらに手を差し伸べるマネージャー。
やれやれ、たまにはポンコツ狐娘の職歴が、プラスに働くときなんてのもあるものだな。今回ばかりは、加代に感謝だ――。
「ちょっとぉっ!! ここのハンバーガーいったいどうなってるのよ!! 中にこんな太い毛が入っていたんだけれど!!」
と思った矢先にこれである。
怒り心頭、顔を真っ赤にして店に入って来たのは、家事に育児とフラストレーションがたまりっぱなしという感じの奥様だ。
異物混入に鬼の首を取ったが如く――いや、九尾の尻尾を取ったがごとく、活き活きとした表情だ。
まぁ、十割こちらが悪いことである。
何も言えない。
「――の、のじゃ、きっと、ナンシーのブロンドヘアーが混ざってしまったのじゃ。きっと
「ナンシーくん、今日、バイト入ってないじゃない」
人のせいにするなよオキツネ。
異物混入はいかんよ。異物混入は。尻尾はちゃんとしまっておけ。
「加代さん、悪いけれど、こんな不祥事を起こされたんじゃ、うちの仕事はまかせられないね」
「のじゃぁっ!?」
それみたことかのクビ宣告。
いいね、なんだか最近は、昔の感じが戻ってきた感じだね。ポンコツ狐はこうでなくては面白くない。
「ついでに、桜さんも、採用の話はなかったことでいいかな」
「ほぁあぁっ!? なんで俺まで!?」
「君もあれでしょ、同じように尻尾とか生えてる系男子なんでしょ? いいよそういうの、衛生上ちょっと勘弁して欲しいから」
尻尾生えてる系男子とはなんぞや。
生えてねえよ、今すぐズボン脱いで尻見せてもいいよ。
いや見せねえよ、どうしてそうなるんだよ、畜生。
かくして、またしても俺のバイトの話はご破算となった。そしてようよう、俺はこの最近の流れが、原点回帰ではなく、新しい流れなのだと悟ったのだった。
「これ、俺、無事に就職できんのかよマジで」
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