第159話 オキツネキヨシで九尾なのじゃ
「のじゃ、仕方ない奴なのじゃ。どこに行ってもお仕事が長く続かないとは、それでも
「いや、お前の
某ディスカウントな薬局の前。
人が行きかう道のただ中を激安大特価の看板を持ちながら、俺と加代はそんなしょーもない会話を交わした。
「仕方ないから
「へいへいわかりやしたよ加代さん」
「のじゃ、へいじゃないのじゃ、はいなのじゃ。まったく、どれだけ
天命ここに尽きる。
お狐に睨まれて、憑りつかれて、もはやどこに行っても仕事を邪魔される俺である。
ついにバイトをあきらめて、真面目に就職活動一本にしぼろうと思った矢先、彼女から突然、それなら仕事を紹介してやると予想だにしないことを提案された。
押して駄目なら引いてみろ。あるいは奇貨拾うべし。
いつも邪魔される相手が誘う店ならば、あるいはなんとかなるのではないか――そんな思惑でもって、俺は加代の提案を受けた。
その結果がこれである。
まさかこの、街中でよく見かける重労働ナンバーワンな仕事を、自分がする日が来るとは思っていなかった。
同時に、そんな仕事に加代の奴がツテを持っているのも驚きだった。
「お前、いつもこんな仕事してんの?」
「いつもじゃないのじゃ。たまになのじゃ。立ち仕事は、
もっとひどい扱いを受けるバラエティ番組に出ていた気もしないでもないが。
まぁいい。なんにせよ、女の子がやる仕事じゃないな。
こんなのは、若くて時間を有り余らせている男子学生のやるような仕事だ。
「お前、そろそろ休憩だろう。さっさと中に戻れよ」
「のじゃ。一日目の新人に任せて、一人だけ休憩とか流石にできないのじゃ」
「無茶すんなよ、歳なんだろ」
「人間とは年齢の考え方が違うのじゃ。なに、これくらい、
ふんす、と、鼻を鳴らして背筋を伸ばす加代。
これ以外にもいろいろとバイトを掛け持ちしているのは、一緒に住んでいるのだ当然知っている。
無茶をすればほかの仕事に支障が出る、それは彼女も重々承知。これだけ人間社会で暮らしておいて、それを知らない加代ではない。
それでも俺のために残ってくれると言う彼女のことを、素直にいじらしいなと、俺は思った。
鼻頭がむず痒かったが、残念、両手は看板を支えるのにいっぱいで動かせない。
その器用な尻尾でかいてもらいたいものだ――。
「待てよ」
「のじゃ?」
ふと、俺は加代の尻尾のことを思いだした。
こんな大変な時だというのに、いつも無駄に出しっぱなしだというのに、今日に限って加代の奴は尻尾をひっこめている。
どうしてだ。こういう辛い時こそ、尻尾の力に頼るべきではないのか。
俺は知っている。加代の尻尾、その一本につき、キ○肉マンでいうところの超人強度100万パワーが宿っていることを。そこに、本人の100万パワーと合わせることで1000万――バッファローマンと同じ域に、彼女のパワーが達することを。
なぜ使わない。
どうしてベストを尽くさないんだ。
「お前、尻尾で看板持てば、楽なんじゃないの」
「のじゃ桜よ、何を馬鹿なことを言っておるのじゃ。そんな人前で尻尾を出すなんて、恥ずかしいことを言うでない。もうっ」
「いやいやいや、これまで散々ことあるごとに出してきてるよね!? もっというと、テレビで、全国放送で、グローバルに、出しちゃってるよね尻尾!?」
何を今更なことを言っているんだろうこの狐は。
なるほど、さては、今の今まで一度もそんなこと考えたことなかったのだな。
ひゅうひゅうと、吹けてない口笛を鳴らしながら、明後日の方向に視線をやる加代。
スペックはそう悪くないのに、頭が致命的にケダモノのために損しているなぁ――。
「のじゃのじゃ、こんな所で尻尾なんて丸出しにしたら、それこそ好奇の目に晒されることになるのじゃ。
「どうだかなぁ、あやしい話だなぁ」
「のじゃ、本当なのじゃ!! 嘘じゃないのじゃ!! 目立たないように、人の気を引かないように、こっそこっそりお仕事しなくちゃ駄目なのじゃ!!」
目立つのが仕事の看板持ちをしておいてそれは――本当にどうなんだろう。
まぁ、仕事があるだけありがたい。だべるのはここまでと区切ると、俺と加代は道行く人たちに向って、安いよ安いよと宣伝を始めたのだった。
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