第145話 エージェントサイトで九尾なのじゃ

 まぁ、そろそろ俺も再就職を本気で考えなくてはいけない。


 失業保険が出るとはいっても、所詮は半年程度である。

 基本給も少なければ昇給額も雀の涙なブラック企業である。となると、貰える額もまぁ、そこそこだ。

 正直、受給がなくなれば、半年も暮らしていけないだろう。


 さっさと次の仕事を決めないと――俺と加代の命に関わる。

 とまぁそんな訳で、休み始めて一か月とちょっと、ようやく就職活動に俺は精を出しはじめたという訳だ。


「のじゃ、パショコン広げて今日はどうしたのじゃ」


「転職エージェントにプロフィール登録してるんだよ」


「転職エージェント?」


「これまでの職歴とか業務内容・スキルとかを登録して、それで、企業からオファー来るのを待つ奴だよ」


 というか、お前、ここまでいろいろと仕事してきて、どうしてこんな基本的な就職方法を知らないのだ。


 のじゃ、そんな便利なものが世の中にはあるのじゃね、と、加代がパソコンを覗き込んでくる。


「なになに、前職では組み込み系の業務に従事。しーぷりゃすぷりゃす、じぇーえーぶぃえーでのアプリケーション開発経験あり。えすてぃえみゅ32マイコン・あーるじぇっとシリーズマイコンでの開発経験あり。応用技術者とエンデーベッドの資格あり――なんのこっちゃよく分からんのじゃ」


「だろうな」


「で、どうなのじゃ? オファーいっぱいなのじゃ?」


「そんなすぐ登録して来る訳ねえだろ。来たとしてもろくでもない会社だよ、そんなのは」


 新卒時代にも、就職サイトは使ったが、まぁ、たいした会社からオファーが来ることはなかった。結局、専門学校と提携していた今の会社に入ったが――。

 うぅん、我ながら、どうしてあんな会社に入ったのか、理解に苦しむよ。


「大手企業の保守系とかの仕事で、楽して稼ぎたいもんだね」


「のじゃのじゃ。仕事は定時であがれる程度に忙しいのが一番なのじゃ」


「珍しく気が合うじゃないか」


「当り前なのじゃ。わらわだって、別に好きでこんな忙しく、働いている訳ではないのじゃ」


 はぁ、と息を吐く加代。

 なんだか段々と哀れになってきた。


 というかこいつ、いつもすぐに仕事は見つけてくるが、どうやって就職活動してるんだろう。あれか、ハロワで求人票とか見てるとか、そういうのだろうか。


「ええのう、わらわもそうやって、人からぜひ来てくれと言われてお仕事したいものなのじゃ」


「――だったら、お前もひとつ登録してみるか?」


「のじゃ!? よいのか!!」


「よいのじゃよいのじゃ。ほれ、隣に座れ」


 ぱしょこんはよう操作が分からんから助かるのじゃ、と、加代。

 なるほどそういう理由で、アナログな職探しをしていたのだな。


 そりゃいろいろと、仕事がままならないのは仕方ないわ。


「いっぱいお仕事のお誘いくるとよいのう。楽しみじゃのう」


「まぁ、いっぱい来るかもしれないけど、大半はスパムみたいなもんだから、あんまり期待しすぎるのはよくないぞ」


「のじゃのじゃ。よろしくご教授お願いするのじゃ、桜よ」


◇ ◇ ◇ ◇


 数日後。

 まったくもって、いい会社(一部上場の大手企業)からオファーが来ない俺は、ノートPCを前にぐったりと肩を落としていた。


 今は空前の売り手市場。

 どこの会社も人材を欲しがっている――んじゃなかったのかよ。

 なんでだ。箸にも棒にもひっかららないなんて。


「前の職場の辞め方に問題があったのかねぇ。うぅん」


 とまぁ、そんな感じに俺が思い悩む一方で――。


「のじゃぁ。大手企業のコールセンターのお仕事かぁ、これは楽そうでよいのう。のじゃのじゃ、こっちの、食品会社の営業セールスもなかなか魅力的なのじゃ」


「なぜだどんどこどん」


 俺とは違って加代の方には、それはもう、有名企業からのオファーがどんどこどこどこと舞い込んできていた。しかもキャリア採用のオファーまでくる始末だ。


 おそらく、これまでの経歴――さまざまな業種での業務実績――が高く評価されてのことだろう。

 実質、一か月も働いていないような、すぐ九尾になるオキツネ様だが、まぁ、経歴だけは華々しいのは事実だからな。


「にょほほ、どれにしようかな、天の神様の言う通り。よりどりみどり、最高なのじゃ」


「はいはい、フラグフラグ。どうせまた、一か月でクビになるんでしょ」


「のじゃぁっ!! 人が良い気分に浸っておるのに、水を差すでない!!」


「へいへいわかりやしたよ」


 だったら、俺のこのなんともならない気分を察して、もうすこし、自重してくれればよいのに。そんなことを思いながら、俺はふて寝をするのだった。


「のじゃ、そうじゃのう。これはわらわが一流企業に就職して、桜を養ってやるとというのもいいかもしれんのう。どうじゃ桜、お主、主夫になってみる気はないかえ?」


「絶対嫌だ」


 そんなことになるくらいだったら、前職にこだわらず転職してやる。

 惚れた女に養ってもらう――なんて、それは流石に、男として我慢ならん。


 ふん。

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