第144話 ゴミ出し当番で九尾なのじゃ
「のじゃ、これは参ったのじゃ」
加代の奴がなにやらプリントを持って家に帰って来た。
郵便受けに放り込まれていたのだろうそれは、何度か見たことのある、管理会社からの連絡のプリントであった。
しかし、それにしたって加代の顔色が悪い。
「どした? もしかして、アパート取り壊すから立ち退きしろとかか?」
「いや、流石にそんなんじゃないのじゃ」
お互い無職――加代は一応フリーターだが――だから、ここを追い出されてしまうと次のアパートを借りるのも大変である。職持ってない人間に世間様というのはたいそう冷たいからな。
しかし、どうやら、そういうことではないらしい。
のじゃぁ、と、ため息を混ぜておきまりの台詞を言うと、彼女は俺にそのプリントを差しだしてきた。
なになに。
「可燃ごみ(主に生ごみ)の出し方について。最近、カラスにより、ゴミ捨て場が荒らされる被害が出ています。回収予定時刻である朝の九時に合わせて、七時から九時までに出すように、入居者一同心掛けてください」
「のじゃ。そんな朝七時とか、普通に出勤してる時刻なのじゃ。これじゃ、生ごみ出せなくなるのじゃ」
そういうや最近はコンビニの早朝勤務で、日が昇る前とかに出て行ってるな。
まぁ、心掛けるという一文にあるように努力目標ではあるが――なにせ集合住宅だからな、一度や二度ならまだしも、一人が恒常的にサボりだすと、それにつられて次々にサボり始める。
ふむ。
「だったら、俺がゴミ出しといてやるよ」
「のじゃ、本当なのじゃ!?」
「まぁ、時間は有り余ってるからなぁ――それくらいの家事は流石に手伝ってやるさ」
◇ ◇ ◇ ◇
とまぁ、意気込んで迎えた、可燃物のゴミ出しの日。
「壮絶に寝過ごした」
夜遅くまで、アマゾ○でプライムなビデオを見ていた俺は、すっかりと正午を過ぎて目を覚ましてしまった。
ごみは玄関におかれたまま。
さらに悪いことに、仕事を終えた加代が、怒髪を怒尻尾を天に向けて立たせている、という最悪のシチュエーションである。
「――
「すまん加代。つい、海外ドラマを見始めたら、止まらなくなってしまって。悪気があった訳じゃないんだ」
「のじゃぁ。お主に頼んだ、
「あっ、ちょっと、そういうこと言う? 傷つくなぁ、加代ちゃん、それは、傷つくわ、俺だってね、これでも真面目に――」
じとり、と、加代が俺と生ごみの入った袋を交互に睨む。
むぅ、はい、出し忘れてしまった、俺が悪うございます。
返す言葉もございません。
「のじゃぁ、参ったのじゃ。これでは、ゴミが出せなくて、家の中がえらいことになってしまうのじゃ」
「――うぅん。というか、そもそもカラスどもをどうにかした方がいいんじゃないのか?」
「野鳥の扱いは日本ではいろいろとシビアなのじゃ。取って食うのも、いろいろと気を使うのじゃ」
「そんなこと誰も聞いとらんだろうが」
思わぬ野生っぷりを発揮したコメントを放つ加代さん。
はて野生。野生の生き物か――。
「待てよ、もしかして」
俺はふと思いついたアイデアに床の上を見る。
茶色いフローリングの床の上には、加代の尻尾の抜け毛がいくつか落ちていた。
◇ ◇ ◇ ◇
数週間後。
カラスがめっきりとゴミ捨て場に来なくなり、出されていたゴミ出しの時間指定については、大幅にその期間が拡張されることになった。
理由は単純である。
カラスたちが近寄りがたくなる、仕組みを、俺が作ったからだ。
「いやぁ、やっぱり野生動物だから分かるんだな。ここが誰の縄張りかって」
「――のじゃぁ」
ゴミ捨て場にばらまいてあるのは加代の抜け毛。
なるほど、他の獣の毛が落ちていることによって、このゴミ捨て場がそいつらの縄張りであると勘違いしたカラスたちは、まったく寄り付かなくなったのだ。
やったね加代さん大勝利である。
まぁ、狐というのもあるだろうが、九尾というのも大きいのだろうね。毛を撒くようにしてからというもの、めっきりとカラスの鳴き声さえ聞きやしない。
「お前でも役に立つことがあるんだな、加代」
「――なんか複雑な気分なのじゃ」
いいじゃないかよ、それで、このアパートの平和が取り戻されたんだから。
まるで自分が生ごみを漁っているように思われて嫌なのじゃ、と、肩を落として言う加代。事情を知らない限り、そんなことは誰も思わないだろう、と、俺は彼女を慰めるのであった。
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