第137話 半額シールで九尾なのじゃ

 火曜日の夕方。

 加代がバイトで家をあけていた俺は、パチスロに出かけるだけの種銭も気力もなく、ぼんやりと家でゲームをやっていた。


 何度やっても飽きないゲームというのもあるものだ。

 などと思っていると、不意に俺のスマートフォンが鳴動した。


「桜よ!! 今からすぐ、わらわのバイト先に来て欲しいのじゃ!!」


「どうした加代!? なにかあったのか!!」


「わけは後で話すのじゃ――とにかく、すぐに来てくれなのじゃ、手遅れになる前に!!」


 抜き差しならないその声色に、俺の背中に緊張が走る。

 まさかあいつ、バイト先で何かやらかしたんじゃあるまいな。


 すぐさま寝間着を脱ぎ捨てて、ジーンズとパーカーを身に着けると、俺はアパートの外へと出た。

 通勤で最寄り駅まで使っていた自転車にまたがると、すぐそこの加代のバイト先――県内でも名の知られたスーパーへと駆け付けたのだった。


 桜、こっちなのじゃ、と、野菜売り場で手を振っている加代。

 合流すると、はやく、はやく急ぐのじゃ、と、俺の手を引いて店内を走り出した。


「おいおい、走っていいのかよ。お前、バイト先だろ」


「そんなことも言ってられないのじゃ」


「いったい何があったんだよ――」


「見ればすぐわかるのじゃ!!」


 まぁ、お前に特に怪我がなさそうで、それはそれで安心したのだけれど。


 と、そんなことをしているうちに、たどり着いたのはお惣菜・お弁当コーナー。

 あれなのじゃ、と、加代が指さした先には。


「おいなりさん十個パックが半額なのじゃ!! はよ、人に取られる前に買っていくのじゃ!!」


「そんなしょーもないことで仕事中に呼び出したんかい!!」


 アホか、と、全力で俺はその場に脱力する。

 なんだよお前、十個パック半額って。別にそんなの、半額でなくっても、いくらでも買えばいいじゃないか――。


「のじゃぁ、この時間に半額シール貼られてるのはレアなのじゃ!! もうすぐ、夕方のピークじゃから、すぐに売り切れてしまうのじゃ!!」


「そしたら、八時くらいにまた、シール貼られるの待てばいいじゃないのなのじゃ?」


「なんじゃと!! おうち帰っておびーりゅとあぶりゃーげがある!! この幸せが、桜にはわからんというのか!!」


 わかんねーよ。

 俺は久しぶりに加代の奴を、力いっぱいどついたのだった。


 まぁそうだよな。お前はそういうキャラクターだよな。

 心配して損したわ。ほんともう。

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