第136話 映画の日で九尾なのじゃ

 仕事をしていないと、数字に由来するイベントなんかに行きやすい。

 たとえば、7のつく日は出玉還元祭――とか、そういう感じの奴だ。


 行きたくてもなかなか休日と重ならず、有給も取れず、涙を流して見送ることが多かったそれだが、今はそんなことを気にしなくてもよい。


 そう、気にすることといえば――加代の機嫌くらいだ。


「のじゃのじゃ。平日でぇととは桜にしては気が利くことを考えるのう」


「デートじゃねえって言ってるだろ。映画の日イベントデーで1000円で映画が見れるっていうから――それだけだよ」


「のじゃぁ、照れんでもよいのじゃ。わらわとお主の仲ではないか」


「家主と居候の仲がどうかしたのか?」


 のじゃ、同居人であろう、と、ぷんすこと腕を振り上げて怒る加代。

 たしかに今月から、俺が無職になったということもあり、彼女から家賃と生活費を出してもらっている。そう表現するのが妥当だろう。


 しかしなぁ、それを口にしてしまうと、いよいよ同棲しているみたいで。

 ――ハァ。


「ご機嫌うかがいに、こうして映画連れて来てる時点で、もういい訳できないよな」


「のじゃ? どうしたのじゃ、桜? いきなりためいきなんぞついて」


「いいよ、なんでもない、気にしなくってかまわないから」


 まさかキツネ娘とこういう仲になるなんて。

 俺は思いもよらなかったな。


 そんな感慨かんがいにふけっている俺をほっぽり出して、加代はさっさとビル屋上にあるシネコンの、エントランスホールへと駆けて行った。


 壁に沿って張られている、現在公開中の映画を眺めて、どれにしようかな、と、加代の奴が目を輝かせる。


「のじゃ、いろいろあって悩んでしまうのじゃ。桜はどれが見たいのじゃ?」


「俺はいいよ。別に映画とか特に興味ないし」


「なんなのじゃその言い草。せっかくのでぇとなのじゃから、もっと気の利いた言い回しをしたらどうなのじゃ」


「お前の好きなのに付き合ってやるから。好きなの選びなさい」


 最初からそう言えばいいのじゃ、と、ご機嫌にほほ笑む加代。


 こういう面倒くさいところは、人間の女性と変わらないんだから。

 ビーフジャーキーでも与えてやれば、一日中喜んでるような奴だったら気楽でいいんだけれどもな、なんて、しょうもないことを考えてしまう。


 いや、それだと狐じゃなくって狗か。

 どっちでも変わらない気もするけれど。


「のじゃぁ、面白そうなの、いっぱいありすぎて決められないのじゃぁ」


「別に今日は千円なんだから、何本でもいいぞ。そのために早起きしてきた訳だし」


「ほんとうかえ!! さすが桜、太い腹をしておるだけはある!!」


「そんな褒め方はないだろう。あと、おごりじゃないから、ちゃんと折半だから!!」


 えっ、そうなのじゃ、と、加代がちょっと不満そうな顔をする。

 千円くらいでケチケチするなよ。

 そこはお前、別に割り勘でもいいじゃねえか。


「それじゃぁ、ぽっぷこぉんも折半なのじゃ?」


「折半だよ」


「――のじゃぁ。せっかくお腹いっぱい、食べれると思って期待しておったのに」


「ポップコーン腹いっぱい食べるデートってどうなんだよ」


 しょんぼり、と、肩を落とす加代。

 貧乏が骨身にまで染みついているのだろう。悲しいやっちゃ。


「あぁもう、分かったよ。映画代は奢ってやるから」


「のじゃ!! 本当かぇ!!」


「嘘ついてどうすんだよ」


 そう言うや、俺の名を呼んですかさず飛びついてくる、加代さん。

 もふもふするのは俺じゃなくてお前の方が得意だろうに――まったく。


「しかし、貧乏無職の男に無理におごらせるなんて、お前も九尾の狐らしいことするじゃねえの」


「のじゃ!! それは、その――」


「そんな困った顔するなよ。冗談だよ。冗談」

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