第135話 ママじゃないのじゃで九尾なのじゃ

「加代ぉー。なぁ、お願いだよぉー」


「ダメなのじゃ」


「千円でいいからさー」


「ダメなのじゃ!!」


「大丈夫、大丈夫。昨日、おとといと負けてるんだ。今日は絶対大きく勝つ日だからさ」


「なんなのじゃその理論は!!」


 なにがなんでもダメなのじゃ、と、加代が叫ぶ。


 洗濯物をせっせとたたんでいた彼女は、ふんと鼻を鳴らして立ち上がると、仁王立ちして俺を上から睨みつけた。


 あらあら、珍しくマジおこのご様子。

 パンツ丸出しなのも気にしないなんて、相当にキテるなこりゃ。


「まったく。毎日毎日、パチンコ・パチスロ・競馬に競艇、ギャンブルギャンブルと、よく飽きないのじゃ」


「飽きないよねぇー、不思議とこれが」


「こりゃ!! ふざけるでない!!」


 わらわは真剣に怒っておるのじゃ、と、尻尾と耳を出して俺を威嚇いかくする加代。


 どうやら、ここ数日、遊びすぎたのが彼女の心の琴線に触れてしまったらしい。

 競馬の重賞やら、パチ屋のイベントデーやらが重なって、つい遊びすぎてしまったのは認めよう。

 ついでに、こういう機会――求職中――だから、平日に遊ぼうと思ったのも事実だ。


 全面的に俺が悪い。


 ちょっとくらい、こいつのことを構ってやるべきだったと、睨まれて今、ちょっとだけ後悔していた。


 しかし、そうはいってもビバ無職バガボンド。何者にもしばられることのない生活。

 加代が泣いても、今日も俺は、なんとしてでも遊びに行くのだ。だって、近所のスロ屋の設定全6イベントデーなのだから。


「そんなこと言って、本当は用意してくれてるんでしょ?」


「用意してないのじゃ!!」


「ねぇ、お願い、加代ちゃんママぁ」


「誰がお主のママなのじゃ!!」


「ねぇ、ママー、千円ちょうだいー。おこづかいちょうだいー」


「ダメと言うておろう――!! えぇい、尻尾をなでなでするでない!!」


 追いすがるようにして加代に掴みかかる俺。

 そんな俺の手をしっしと掃って、加代はぷくりと頬を膨らませるとそっぽを向いた。


 ちっ。


 どうやら、加代の奴、今日はてこでも俺に小遣いを渡す気はないようだな。

 こうなったら仕方ない。


 心もとないが、俺の給与口座から引き出すか――。


「これ!! どこへ行くのじゃ、桜!!」


「えっ、だって、お前が金貸してくれないっていうから――」


「だから!! ギャンブルはダメじゃと言うておるであろう!!」


「んだよ、いちいちうるせえな。お前は俺の母親かよ」


「さっきまでママママ言うておったのはどこのどいつなのじゃ!!」


 そんな奴はしらん。

 やれやれ、そんないい歳三十路してママママうるさいだなんて、とんだマザコン野郎もいたもんだね。


 そんな奴は油揚げでもしゃぶってりゃいいのだ。


 俺は加代から逃げるようにしてアパートから飛び出そうとした。

 しかし――それを許す加代ではない。


 すぐさま、にゅるりと九本ある尾のひとつが伸びたかと思うと、それが俺の腕をいましめた。


「――加代さん。ちょっと、尻尾が邪魔なんですけど」


「のじゃ。今日という今日は、絶対にいかさんのじゃ」


「ちょっとマジなんだって、今日は設定全6だから絶対に勝てるの。打たないと損なの」


「店が嘘ついてるかもしれないのじゃ!! とにかく、無収入のくせにギャンブルはダメなのじゃ!!」


 無収入だから、先行き不安でギャンブル行きたくなるんじゃないか。

 分かってないな、ほんと、加代は。


 しかしながら、こうもがっしり掴まれてしまっては、どうしようもない。


「分かったよ分かった。今日は行かねーよ」


「のじゃ。やっと分かってくれたのじゃ」


「んじゃぁ、近くのレンタルショップでDVD借りてくるからさ。一緒に見ようぜ」


「のじゃぁ。やっと昭和の同棲ドラマっぽい感じになってきたのじゃ」


 分かったのじゃ、と、あっけなく俺の腕にまきつけた尻尾を外す加代。


 少しばかり機嫌が戻ったのだろう。

 ふふんと頬を紅潮させて、加代は俺に背中を向けた。


「何が見たい? 洋画か? 邦画か?」


「お任せするのじゃ」


「ジャンルは?」


「恋人と見るなら、ホラーでも恋愛映画でも、なんでも楽しいのじゃ」


「へいへい、そうですか」


 というわけで、加代ちゃんママ、お金をください。

 そう言って俺は彼女の前に手を差し出す。


 すると彼女は、しょうがないのじゃぁ、と、うれしそうにつぶやいて


◇ ◇ ◇ ◇


「いやぁ、大迫力だったな。こう、サメがガーッと来て、ガシャーンなったときは、どうなるかと思ったよ」


「――桜。おぬし、今、何時だとおもっておるのじゃ?」


 なんだい、人間社会で長らく生活しておいて、時計の見方も分からないのか。


 今は二十三時。

 そう、あと一時間で、日付が変わろうかって時間だな。


 うん。


「いやぁ、映画タイアップのパチンコって、実際どうなんって思ってのよ」


「――のじゃ」


「けど、やって見ると意外と面白いもんだね!!」


「のじゃぁっ!! だましたのじゃ!! わらわのことを騙したのじゃ!!」


「騙してねえよ。有意義な映画鑑賞でございました」


 画面はちょっと小さかったけどな。


 あと一人で見ることになったけどな。


 ふはは。

 狐が人間にだまされてやんの。

 馬鹿でえ。


「のじゃぁ!! 夕食も作らず、お主の帰りを待っておったというのに――このあんぽんたん!!」


 俺をぽこすかと殴る加代。

 おきつねパンチの雨あられを受けながら、分かった、分かったからと、俺は彼女に平謝りした。


 だって仕方がないじゃない。


 レンタルショップの下が、パチンコ屋なんだもの。

 そりゃ勝てないわ、無理だわ、無職には。

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