火の狐 無職満喫編

第134話 目覚ましが必要なくって九尾なのじゃ

「いつまで寝ておるのじゃ!! お天道さまがもうてっぺんなのじゃ!! さっさと起きるのじゃ!!」


 俺の布団をひっぺはがして加代の奴が言う。


 むふぅ、と、鼻を鳴らして仁王立ち。

 エプロン姿にフライパン・お玉装備と、すっかり新妻スタイルの板についてきた。


 最近のお九尾さまはちとばかりおっかない。


 結婚相手もおらんというのに、やれやれ。


「いいだろお前」


「よくないのじゃ!! いつまで寝てるのじゃ!!」


「別に俺がいつ寝ようがいつ起きようが、それは俺の勝手じゃんかよ」


「健康は正しい生活リズムから――なのじゃ!!」


 ほれ、さっさとごはん食べるのじゃ、と、加代がフライパンを叩いて俺に迫る。


 うるさくてかなわんと、俺は布団から這い出すと、ちゃぶ台の方へと移動した。

 皿の上には湯気立つあぶりゃーげ。


「また油揚げの素焼きかよ」


「のじゃ!! 油揚げは栄養満点、健康な体の材料なのじゃ!!」


「お前が好きなだけだろ」


「それに、お安くって、お財布にもやさしいのじゃ」


 それを持ち出されると流石に弱い。


 じろり、こちらを恨めしい目で見る加代が怖い。

 流石は九尾の狐さまである、思わず目をそらしたくなる迫力だ。


「はよ次の仕事みつけるのじゃ」


「まぁそう焦るなよ」


 会社が潰れての解雇なんだからさ。

 そこはそれ、失業給付がお国からたんまりと貰えるんだ。


 焦って次の仕事を探したところで、なぁんもいいことなんてありゃせん。

 ゆっくりのびのび、仕事なんて探せばいい。


「クビになるにしても長く勤めてると余力があるね。どっかの尾が九本ある、縁起悪いのとは大違いだ」


「のじゃ!! 桜よっ!! 今はわらわが食わしてやっておるのであろう!! なんじゃその言い草!!」


「はいはい、加代ちゃんさまの言うとおりでございます」


 うげげ、味噌汁にも油揚げが入ってる。

 もうあぶりゃーげはこりごりだっての。


 ぷりぷりと怒る加代から視線をそらせば、青々と澄み渡った空が見える。


 どこからともなく聞こえてくる学校のチャイムの音。

 子供たちの喧騒に、まばらに聞こえる鳥の声。


 かたりかたりと風に揺れるベランダの服。


 あぁ、今日は本当に平日なんだなぁ。

 俺はそうして今日も、突然に訪れた心の平穏――仕事とは無関係の日々――を、しばしかみ締めた。


 俺こと、桜は、ただいま絶賛求職中。


 無職・無収入・無軌道な無職のおっさんバガボンド生活の真っ最中なのだ。


 たりらりらーん。

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