第133話 娘さんをお僕に――で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 加代に実家へと連れて来られた桜くんであった。


====


「なるほど、桜さんっておっしゃるのね。日本でプログラマーを。まぁまぁ、大変でしょうねぇ、あのお仕事は」

「えぇ、まぁ。といっても、最近クビになっちゃいましたけど。誰かさんのせいで」

「のじゃ!! 人のせいにするななのじゃ!!」


 べしり、と、加代が俺の頭を叩く。

 親の前だというのに容赦のないツッコミ痛み入る限りである。


 お母さんも、あらあら、と、笑っていないで止めていただきたい。

 結局のところ、その加代がいう大事な話というのは、加代ママに俺のことを紹介したいという、それだけの話だった。


 まぁ、一緒に生活をしているのだから、挨拶をしない訳にはいかないだろう。

 人間の男と、キツネのメスである。男女の仲ではないにしても、二人して屋根を共にするのだから、そりゃ、親としても心配するだろう。


「へぇ、そうすると、二人は、今同じお部屋で暮らしているのね」

「そうなのじゃ。ワンルームだけど、そこそこ広いから快適なのじゃ」

「つっても、そろそろ引っ越ししたいがなぁ。やっぱプライベートな部屋は欲しいし」

「のじゃ。プライベートなど、あってないようなものじゃろう。何をいまさら恥ずかしがっておるのじゃお主は」


 恥ずかしがるわ、お前。

 お前は狐で、胸も尻もないけれども、人の格好してるんだから。


 そりゃ健全な男だったら、ちょっとくらいは気になるというの。

 というか、勝手にやってきて同居しやがって、こっちは迷惑してるってのに。


「まぁけど、次のお仕事を見つけないことには、どうしようもないわね」

「そうなんですよね。まぁ、なんかいい仕事があるといいんですけど」

「のじゃのじゃ。仕事なんて、簡単にすぐみつかるものなのじゃ」

「そりゃお前はすぐ見つけてくるけど――代わりにすぐにクビになるだろうが」


 のじゃ。ひどいのじゃ、と、ぷんすこと怒る加代。すると彼女はすっと立ち上がり、ソファーから離れていった。

 どこへ行くのか、と、尋ねると、ちょっとトイレなのじゃ、だと。


 機嫌を損ねてしまったかね。

 まぁ、一生懸命やってるのは知ってるわけだし、もう少し、言葉を選んでやるべきだったかもしれないな。


「なるほどねぇ。加代ちゃん、頑張ってるのねぇ」

「まぁけど、あんまり日本での生活は向いてない感じはしますね。なんていうか、外出て仕事ができるタイプじゃないっていうか」

「九尾族はね、そういうものなのよ。人間に憑りついて養ってもらう、そういう習性のある一族なの。自分でまっとうな仕事をしよう、って、そう思う加代ちゃんみたいなのがどちらかというと特殊なのよね」


 私もこの部屋は、こっちのパトロンさんに貢がせてるしね、と、怖いことを言う加代のお母さん。

 やはりこの人は、加代と違って、まっとうに九尾の狐なのだろう。

 なにせ歴史に名前が残るくらいの狐だからなぁ――。


「若い頃、私がやんちゃしてたのを、あの娘は後ろでいっぱい見てきたからかしらね。いよいよ日本にも居場所がなくなって、しかたなくこっちに逃げようかってなった時、あの子が言ったのよ。『ママみたいに、男の人の力を頼って生きていくのは嫌なのじゃ。わらわは自分の力で生きていくのじゃ』って」

「へぇ」

「それで日本で別れてはや1000年。最近はちょこちょこと、日本に旅行して会ったりしてたけれど――まさかあなたみたいな素敵な彼氏さんを、作っているとは思わなかったわ」


 いや、俺は彼氏とか、そんなんじゃなくって。

 そう弁明するより早く、加代の母親は俺の手を取った。


 邪悪さはすっかりとなりをひそめて、ただ、子供の幸せを願う母の顔をして、彼女は俺の顔をじっとのぞき込む。


「自分の力で生きていくって言ってた加代ちゃんが、男の人の力を頼らないって言ったあの子が、それでも貴方を選んだ。私は、それがとても嬉しいの」

「――ママさん」

「どうか、加代ちゃんのこと幸せにしてあげてね」


 別に、俺と加代は、そんなんじゃない。

 そんなんじゃないのだ。


 ひょんなことでよく顔を合わせるようになって。

 成り行きで一緒に生活するようになって。

 それでこうして旅をして。


 恋人だとか、結婚だとか、そういうのは全然、意識だってしたことがない。

 けれども、大切な人なのかと問われれば、間違いなくこういうだろう――。


「はい。任せてください」


 にっこりと笑う加代の母親。

 よかったわ、と、そう言って俺から手を離すと、伝説に謳われた大悪女の目じりから、輝く涙がこぼれ落ちたのだった。


====


「それじゃ、加代ちゃん、桜くん。日本に帰っても元気でね?」

「のじゃ!! またよかったら、ハクと一緒に日本に遊びに来るのじゃ!!」

「そうするわぁ」

「待ってますから。加代と二人で」


 そう言って、空港のロッジで加代の母と別れると、俺はディレクターさんたちに合流した。いよいよ、この旅も、本当の本当に終わりである。


「いやぁ、しかし、加代ちゃんのお母さんがベトナムに居るなんてなぁ」

「基本こっちの方の人なんですか、加代さんたち九尾って」

「のじゃのじゃ。細かいことはいいのじゃ。それよりほれ、急がんと、また飛行機に乗り遅れてしまうのじゃ」


 急ぐのじゃ、と、加代が俺の手を取る。


 肉球も爪もない、人となんら変わりのない、オキツネ様のその手。


 小さく、か弱く、人間社会で生きるには、ちょっと頼りない――。


 けれども一生懸命な彼女の手を、俺は握り返すと、あぁ、と、彼女に返事をして、一緒に駆けだしたのだった。


「日本に帰ったら、まず、何をするのじゃ」

「とりあえず、ひとっぷろ浴びて。それから、白いご飯でもたらふく食べるかな」

「わらわはおいなりさんが食べたいのじゃ。久しぶりに、お腹いっぱいに」

「ほんとお前は、おいなりさん大好きだよな」

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