第138話 レンタルビデオで九尾なのじゃ

「近くのレンタルショップでバイト募集してるのじゃ。あそこだったら、通勤楽そうじゃのう」


「やめろ」


 俺は笑顔で加代の肩を叩いた。

 のじゃ、と、彼女が俺の方を向いて怪訝な顔をする。


 分かっていさなさそうな彼女に、もう一度、オレは言った。


「やめろ。そこで働くことは俺が許さん」


「なんでお主にわらわの仕事をとやかく言われないといけないのじゃ」


「なんでもだ。とにかく、そこで働くというのなら、俺を倒してから行け」


「――意味がわからんのじゃ」


 求人広告を机の上に置くと、ふんとため息をつく加代。

 そのままトイレへと言ったスキに、俺はその求人広告を丸めるとごみ箱の中へと捨てた。


 やれやれ、まったく、レンタルショップでのバイトだって。

 馬鹿なことを考えてくれるものだ。


 そんな所で働かれたら――俺がどんなDVDを借りているか丸わかりではないか。


 たまったものではない。

 お前、三十路独身男性社会人の性欲を舐めてもらっては困るよ。


 最近はセルフレジとかで、店員さんに借りるDVDのタイトルを見られる機会は減って来た。しかし、このチラシの店は残念なことに、いまだにレジで精算するタイプだ。


 なんで知ってるかって。


 常連だからだよ!!


「加代がバイトに行っている時のささやかなお楽しみ。奪われてなるものか」


 それでなくても、女性店員にアダルトDVDを差し出して、赤面する青年・中年・壮年男性を救わなくてはいけない――。

 というか加代のことだ、絶対にタイトル大声で読み上げるに決まっている。


 防がなければ悲劇を。俺が、この街に住む男性の夜の生活を守るのだ。


「ふむ。しかしのう、わらわは別にそんなに洋画も邦画も詳しくないしのう――のじゃ? 桜よ、さっきのチラシはどこへやったのじゃ?」


「すまん、いらんと思ってごみ包んで捨てたわ」


「――のじゃ。ならしかたないのう」


 こういうものは縁のもの。わらわとは縁がなかったということじゃろうて。

 そう言って、加代は急須からお茶を注ぐと、さっき出したばかりだというのに、お茶を飲み始めたのだった。


 ふぅ。単純な奴で助かったぜ。

 これでこの街に住む男たちの夜の平穏は守られたのだ――。


◇ ◇ ◇ ◇


「それで、なんで、お前が居るんだよ!! 加代!!」


「そりゃこっちの台詞なのじゃ!! しかも――なんなのじゃ、この破廉恥はれんちなでぇぶぃでぇは!!」


 その翌週。

 俺は夜から朝にかけてバイトに出かけるという加代の言葉に、浮かれてそのレンタルビデオ店へと足を運んだ。


 そして、いつものように、黒いのれんをくぐって、これはと思う新作五枚を持って、ほくほくの体でレジに向かった。

 よし、今日は朝まで寝られないぞと熱い気持ちだったのだが。

 それは、顔なじみのおっさんが呼びつけた新入り店員の顔を見て、一気に冷めた。


 まぁ、お察しの通り、バイトお狐加代さん登場である。

 生活圏が同じなのだから、そりゃ遭遇率もあがるわね。


「『新妻は朝から元気にエフカップ』、『バケーション南国のダブルスイカ割り』、『必殺増える魔乳バレーボール物語』、『ザ・おっぱい感謝祭』――さくりゃぁああっ!!」


「しゃあないだろ!! 好きなもんは好きなんだから!!」


「このドスケベ!! 恥を知るのじゃ!! のじゃ!! のじゃぁっ!!」


 客相手に拳を振り上げ、顔を真っ赤にする店員。

 お前の店は新人にどういう教育してるんだ、と、言ってやりたいところだが、残念、身内ではしかたない。


わらわがおらんからといって、こんなものを――」


 ふと、最後の一枚を目にして、加代の目が止まる。


 まぁそれはそうだろう。


「『ようこそ!! おきつね神社へ!!』。のじゃぁ、これだけなんかちょっと毛色が違うのじゃ」


「だからお前、その、いちいちタイトルをだな」


「――のじゃ!? ま、ましゃか桜よ、わらわのことをそーゆー目で!!」


「あ、違う、違う。サブタイトルがね、『爆乳おきつね巫女さんは、おいなりさんが大好き』っていう、股間にクる感じのものだったから」


 ケースごと俺の頭に向かってそれを投げつける加代。


 彼女がこのバイト先をクビになったのが早まったのは、たぶんこれが原因だろう。

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