第130話 加代さん大勝利!! 希望の香港へ、レディ・ゴーで九尾なのじゃ!!

 という訳で、しこたま浴びるように飲んだビールをすっかりと抜き、飛行機に乗ってフィリピンを出た俺達。

 例によって次はカンボジアあたりかなと思っていたのだが――。


「――なんだ、ここ」

「――漢字の看板ばっかりなのじゃ」


 ついた所はなぜだろう、雑多な感じはするけれども、東南アジアのエスニックな匂いの薄い街であった。

 行きかう人々の顔はアジア系だが、俺たちに近いモンゴロイド系の人が多い。

 さらに言うならば、日本人らしき観光客の顔もちらりほらりと目に入る。あきらかに観光ではなく、ビジネスできているという感じの人もだ。


「おい、ここ、どこだよ? カンボジアや、ベトナムじゃないだろ、これ」

「桜さん鋭いですね。その通り、ここはもう東南アジアではありません」

「のじゃ? 東南アジアカブの旅をするんじゃなかったのじゃ?」


「いや~、今まで黙ってたんだけどね。インドネシアで桜くんがさらわれてこっち、ガンガン飛行機移動したじゃない。あれで、番組の予算使いきっちゃってさ」

「――お二人にはモチベーションを維持しておいてほしかったので、黙って居たんですけれど、この企画、ここで打ち切りということになったんですよ」


 なんだって!?


 まるでマガ○ンミステ○ー調査班みたいな驚き方をする俺とのじゃ子、そんな俺たちの前で、いつの間にそんなもの作ったのか、アシスタントディレクターがくす玉をはらりと割った。


 中から出て切った垂れ幕には『祝!! 香港到着おめでとう!!』と書かれていた。


 そんなもの見せられれば嫌でもわかる。

 ここは香港。俺たちの旅の目的地。本来であれば、カブでたどり着くべき旅の終着点であった。


 まぁね、なんとなくね、飛行機に乗ってる人が、中華系の顔の人が多いなとは思っていたんだよ。

 けれど、そうか――。


「打ち切りですか」

「視聴率もさらわれてからちょっとずつ落ちていましたからね」

「やっぱり、こう、ロードムービー的な要素がある方がよかったんだろうけどね。飛行機移動じゃ味気ないっていうのは、やっぱあると思うのよ」


 いや、けど、番組的には十分いい線は行ってたから。OK、OK、と、手で丸をつくって合図するライオンディレクター。

 フォローしてくれるのは嬉しいが――。


「のじゃぁ」


 実際、初の冠番組が、打ち切りという憂き目にあってしまったのは、加代にしたらこたえたのだろう。

 いつもなら、元気いっぱいの彼女が、見るからに暗い顔をしていた。


 もとはといえば、俺がカジノでアホなことをしたのが原因だ。

 責任を感じないといえば嘘になる。


「まぁ、一応、東南アジアのめぼしいところは回り切った訳だし。フィリピンから香港だって、東南アジア一周の道筋的にはおかしくないんだ。立派に目標達成したと言っても問題ないと思うよ」

「東南アジアでも、残すところは、カンボジア・ベトナム・ラオスです。ベトナムはともかくとして、カンボジアとラオスは外務省から渡航警戒レベル1(十分に注意が必要)に全域が指定されています。正直、番組としてもそれらの国での撮影は避けようと考えていました――だから」


 一応、フォローはするスタッフの皆さん。

 加代を傷つけないように言葉を選んでいるのが痛いほど分かる。


 そして、加代がそんな彼らの思惑を察して、何も文句を言えないのも――。


「加代」


 何かできることがないだろうか。

 考えて、俺は彼女を自分の胸に引き寄せた。


 真面目でお馬鹿でどうしようもない、九尾の狐の身体は、やっぱり小刻みに震えていた。強く抱きしめるほど、彼女の中にぽっかりと空いてしまった、そのむなしさが伝わる様な気がした。


「これで、俺たちの旅は終わりだ。おつかれさま」

「――のじゃ」

「ほれ。俺の胸は二つしかないけれど、もふもふしていいぞ。お前の気が棲むまで」

「―――――――のじゃぁっ、ありがとうなのじゃ、桜ぁ」


 感謝されるのはこっちの方だ。

 このいきなりはじまったあてのない旅で、どれだけ俺がお前に助けられただろうか。


 ぐすり、と、その鼻先が濡れて、目元から雫がこぼれる。

 そうなると、もう止まらなくって、加代はわんわんと、犬でもないのに泣き始めた。


 旅の終わりが涙で暮れる。

 感動の涙で終わる旅もあれば、目的を果たせぬ不甲斐なさに涙を流して終わる旅もある。

 そのふたつの感情をないまぜにして、俺たちの旅は、今終わった――。


「プロデューサーさん。日本に帰る前に、どうしても、寄っておきたいところがあるのじゃ」


 しかし、その旅が終わる最後の場所を、加代は自分で指定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る