第128話 ビールが安くてグビ九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 フィリピンで夜遊びしたら、キツネ色のおねーちゃんじゃなくて九尾が出てきた。


====


 綺麗きれいなオネーちゃんが居るナイトクラブから、仲間内で飲めるバーに場所を変えて。

 俺たちはフィリピンの夜を満喫することにした。


「まぁね、ここのところリゾート地ばっかりでしたから。こうしてお酒が堪能たんのうできる場所にはれたってことで。今日くらいは許してあげますよ」

「はぁ、どうもすみません、アシスタントディレクターさん」


 ディレクターさんをグーでなぐり。

 カメラマンさんにコブラツイストをかけ。

 さんざんに男スタッフを痛めつけたアシスタントディレクターさん。

 彼女、意外に怒ると怖いし強いらしい。


 かくいう俺も、ナイトクラブでのひと悶着もんちゃくの後、のじゃ子に散々さんざんに尻尾でぶたれた。

 あげく、もう二度と浮気はいたしませんと、恋人でもなんでもないのに誓約書せいやくしょを書かされる始末。


 ちくしょう。どじ踏んじまったぜ。


 いやけど、俺とのじゃ子は恋人じゃないから、誓約書せいやくしょにそんな効力なんてないよね。


「桜。ほんと、次やったら、マジで分かってるのじゃ?」

「はい、わかりました、二度とやりませんので、許してください加代さん」


 普段は俺の心なんて読まないし、読めないくせに、ここぞとばかりに九尾の狐の本領ほんりょう発揮はっきしてくるのじゃ子。

 瞳孔どうこう開いてこちらをにらみ付けてくるオキツネ女に、俺はもうただただ謝ることしかできないのだった。


「まぁまぁ、それはさておいて。東南アジアはビールが安い。特にフィリピンは世界で四番目に500mlあたりのビールの価格が安いんです」

「へぇ、そりゃまたなんともありがたいこって」

「だいたい100円でビールが飲めちゃうんですからお得ですよねぇ――」


 と、いう訳で、と、アシスタントディレクターさんが指を鳴らす。

 現地の人に頼んでおいたのか、ぞろぞろと、俺たちのテーブルへと人がやって来る。そんな彼らが手に持っているのは、びんびん、またびん


 あっという間に、俺たちのテーブルはビールびんおおいつくされた。


「せっかくですから食レポです。フィリピンの有名ビール企業、サン・ミゲルの主力製品を集めてみました!!」

「集めてみました!?」

「せっかくですから、今夜はこれで飲み比べしますよ!!」


 これには、のじゃ子も含めて、その場に居た全員の血の気が引いた。


 飲み比べって――。

 種類だけでも見た限りで十種類近くある。

 それかけることの人数分で、約50本もあるじゃないか。


「大丈夫です、これだけ買っても5000円だから!! お財布に優しいですね!!」

「――いや、ちょっとちょっと、アシスタントディレクターさん。いくら安くてもこんな量を飲める訳が」

「あぁん、なんだおめえ、アタシの酒が飲めないってのか? あぁん?」


 ぷはぁ、と、俺にアルコールくさい息が吐きかけられる。

 説明のかたわら、さっそくびんに手をつけていたアシスタントディレクターさんが、吐いたものだ。


 あれ、彼女って、こんな娘だったっけ。


「アシスタントディレクターちゃん、出身が九州の方でのんべえなんだよね」

「――まじですか」

「しかも一滴でも飲むとこんな感じで性格変わるのよ」

「あん? なんだ、ディレクターさん? そんなもじゃもじゃした顔して、私のやることになんか文句でもあんのか?」


 いや、もじゃもじゃしてるのは元からじゃん、と、弁明するディレクターさん。

 うるせぇ、このもみあげ剃っちまうぞ。

 そう言って、彼の顔の側面にあるひげを引っ張る。

 そんな彼女の目は、見事なまでにわっていたのだった。


「痛い、痛い、やめて、アシスタントディレクターちゃん!! 痛いから!!」

「うるせぇっ!! いっつもいっつも、私のことこき使いやがってよぉ!! こんだけしてやってんだから、たまにはアタシの好きにさせろや!!」

「のじゃ、アルコールは人を変えてしまうのじゃ」

「分別を持って飲まなくちゃダメだな――つっても、今からこのテーブルいっぱいのビールを飲む訳だけど」


 本気でやるのか。


 あらためて聞きたいところではあった。

 だが。


「ひ、ひどいや、アシスタントディレクターちゃん。僕の毛が――」


 もみあげともひげとも分からぬ毛をむしりとられて、さめざめ泣くディレクター。

 その惨状さんじょうを見ては、とてもではないが口をはさむ気にはなれないのであった。

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