第127話 フィリピーナで九尾なのじゃ

 パラオで微妙に間違った日本語講座みたいな体験をした俺とのじゃ子。

 そこから空路でやってきたのは、ようやっと、馴染みのある名前の国であった。


「フィリピンはマニラに到着なのじゃ!!」

「いやぁ、ようやく東南アジアけんに戻ってくることができたか。くぅ、感無量かんむりょうだな」


 とはいえ、フィリピンか。

 どうしてもその国名を聞くと、女性を思い描いてしまうのは俺だけではないはずだ。


 自然、視線しせんはライオンディレクターへと向く。


「なになに、桜ちゃん、もしかしてまた夜遊びしたい系?」

「いやそんな。昼間っからなに言ってるんすか」

「安心してよこっちもいいお店知ってるか――」


 と、ここでのじゃ子の刺すような視線しせんに気がつく。

 まぁそりゃ、横に居るのにこんな会話をしていれば、怒るのはしかたない。


 いや待て、怒られる道理はないんじゃないのか。

 俺別にお前と結婚してるわけでもないんだし。


 おほんごほんと咳払せきばらいするディレクター。

 彼がそばから離れると、のじゃ子の視線しせんはじっと俺だけに注がれた。


 やめろよ、お前そんな視線。

 言い出したのはディレクターなんだから。俺は悪くないだろ。


「別に行きたければ行けばいいのじゃ。ふん」

「んだよ、冗談じゃないか。行くわけないだろ」

「本当かのう。こんど痛い目にあっても、わらわは助けてやらんからのう」

「分かった、分かったって、すねるなよ」


 とまぁ、ご機嫌斜きげんななめなオキツネ様をしばしなだめる。

 そんなやり取りをかわしつつ。

 俺たちは今夜の宿をどうにかこうにか見つけると、長いフライトの疲れをいやすべく早めの就寝しゅうしんについたのだった――。


====


「とまぁ、のじゃ子には言ってみた俺ですが。やはりフィリピン、ここまできて夜遊びしない手がない」

「俺さ、桜くんのそういう調子いいところ、ほんと好きだわ」


 という訳でだ。

 女子たちをホテルに置き去りに。

 俺とライオンディレクター、そしてカメラマンさんの男三人は、フィリピンにあるナイトクラブへとやって来た。


 遊べる場所がある。

 遊び方を知っている人がいる。

 そして遊んでも問題ないフリーな男がいる。


 これだけ条件がそろっていて、遊ばない方がどうかしているだろう。


 のじゃ子のことなんて知ったことか。


 俺はまだ独身アラサー男子。

 そして、今一番、男として遊びたい年頃なのだ。


「当初はフィリピン来る予定なかったんだけどね。いやぁ借金のカタに強制労働きょうせいろうどうさせられた甲斐かいがあったねぇ」

「ディレクターさん、それは言わないお約束でしょう」

「まぁ、水上も陸上もバイク移動は難しそうだし、ここはさっくり観光だけして、さっさと大陸の方に戻っちゃおうか」

「まぁまぁ仕事の話はおいといて。ほら、お姉さんが来ましたよ――」


 !?


 思わず、マ○ジンの漫画とかに出てきそうな、感嘆符かんたんふが頭に過ったのは他でもない。向こうからやってくるお姉さんたちの顔に見覚えがあったからだ。


 それは、ホテルで寝ているはずの――加代とアシスタントディレクターさん。

 ひきつった笑顔でこちらにやって来た加代。

 彼女は、まるで、当たり前という感じに俺の隣に座ると、にっこりと笑った。


「コンニチワーシャチョーサン。ヨウコソ、フィリピンヘ」

「――いや、お前、なにしてんだよ、こんなところで」

「ササ、コッチノシャッチョサンモ、イッパイイッパイ」

「――ちょっ、アシスタントディレクターくん!? えっ、なに、これ、どういうことなの!?」


 二人して、張り付いた仮面のような笑顔である。

 いやそれは、だまし討ちしたのだから、仕方のないことには違いないんだが。


 しかし、どうして彼女たちがここに。

 俺たちがナイトクラブへやって来ることは、男三人の秘密だったはず――。


「いや、となりに部屋取っておいて、気づかない訳ないでしょ」

「ほんとお主らは、そろいもそろって馬鹿じゃのう――海外まできてなにしておるのじゃ、このスケベえ!!」


 べちりべちりと、加代の尻尾が俺とディレクター、そしてカメラマンさんのほおを叩いた。


 やれやれ。

 キツネ色のフィリピーナと遊ぼうと思ったら、本物の狐が出てきましたよ。


 お後がよろしいようで。

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