第126話 やっとの思いでパラオについたで九尾なのじゃ

「はい、という訳で、今度は本当にパラオでございます」

「青地に黄色の丸ってすごい国旗だなおい」

「そうかえ? カラフルでおしゃれなのじゃ。日本もこんな感じにした方がいいのじゃ」


 日の丸弁当に与えるダメージを考えてもの言えよ。


 欲しがりません勝つまでは。

 そんな、貧乏ハングリー精神を体現したようなあの旗を、カラフルにするなんてとんでもない。


 いや、そんなだから日本は、デフレから脱却することができないのか。


「まぁ、いい感じで日本の話が出たところで。ここパラオは、ミクロネシアでも随一の、親日国家として有名なんですよ」

「まじか」

「国旗が似てるからなのじゃ!! きっとそうなのじゃ!!」


 きらきらと目を輝かせて言うオキツネ娘。

 その理論でいくと、ヨーロッパで戦争なんて起こらなかっただろうに。


 加代のたわごとはおいておいてだ。


「まぁ、ミクロネシア周辺は日本が第一次世界大戦後に、委任統治いにんとうちしてた地域だからな。その時代の名残って奴だ」

「日本語由来の現地の言葉も多くあるんですよ。じゃんけんの掛け声も、日本と同じなんです」

「へぇ、じゃぁ、じゃんけん小僧も苦労しなくて済むわけだ」


 だからどうしたという感じではあるがな。


 しかしまぁ、日本も大変なところまで来てたもんだ。

 前に寄った島にもそういえば、飛行機やら機関銃やらの残骸ざんがいが転がっていたっけか。


 まぁ、ミリタリとか興味ない俺にはどうでもいい話だな。


 ふとそんなことを思っていると、前から現地の住人らしき人がやって来る。

 日本人だと分かったからかぺこりと頭を下げてくる。

 調子を合わせてついつい俺も頭を下げると、いきなり、彼らが加代の方を見ておどろいた顔をした。


 耳か尻尾でも出しっぱなしにしていたか。

 見ると、どちらも別に出てはいない。


 では、何にそんなに驚いているのか。


「チチバンド!!」

「チチバンド!!」


 ちち――なんだって?


 加代の胸を指さして、彼らは、チチバンドチチバンドと、何やら叫びだした。

 なんだか卑猥ひわいに聞こえなくもない言葉だが、きっと何か意味があるのだろう。


「なんなのじゃ。わらわの方を見て叫んで。よくわからんが怖いのじゃ」

「現地の精霊に呪われてるとかじゃないの」

「のじゃ!? こ、怖いこと言わないでほしいのじゃ、桜よ――」


 ディレクターさん、どういう意味なのじゃ、と、のじゃ子が涙目で助けを求める。


 いつもだったらここで笑っていらんこというライオンディレクター。

 だが、うぅむ、まぁ、世の中には知らないことがいいこともあるんだよ、と、彼は言葉をにごした。


 なんだろう、本当にヤバい系の何かなんだろうか。

 ともするといつのまにか現地の人々は去っていった。


 なんだったんだろうか。

 と、また、海岸へと向かって歩きだせば、すれ違う人が俺たちを指さして、チチバンドと、叫ぶ。


 チチバンド。

 あぁ、チチバンド。

 チチバンド。


「のじゃぁ。なんなのじゃ、なんなのじゃ。チチバンド、って、いったいなんなのじゃ」

「なんかここまで言われると、流石にちょっと気の毒だな――」


 そんな俺の肩を、ちょいなちょいなとアシスタントディレクターさんが叩く。


 言外に加代から離れるように指示された俺。

 素直にアシスタントディレクターさんのそれに従う。

 すると彼女は俺の耳に手を当てて、チチバンドの正体を告げた。


「チチバンドはこっちの言葉でブラジャーっていう意味です」

「――なるほど」


 さしずめ、ブラジャーいらないじゃん、とか、そんなことを言われてるのか。


 確かに加代さんの貧乳っぷりは、日本本土においても珍しい部類に入るものだ。

 だが、オープンに言い過ぎ、というかおどろきすぎじゃないだろうか。


「加代には知らせない方がよさそうだな」

「そうですね」


 しかし貧乳を意味する言葉がなくてよかった。

 チチナイナイとか言われてたら、さすがに加代も気づいていただろうなぁ。


「のじゃぁ!! なんなのじゃ!! どういうことなのじゃ!! 怖いのじゃぁ!!」

「大丈夫だ、そんな心配せんでも、しょうもないことだから」

「本当なのじゃ!? わらわの身に大事ないことなのか!?」

「いや、大事はないけど、関係はあるかな――」


 のじゃぁ。南洋に貧乳オキツネの鳴き声がこだました。

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