第124話 アルコールゼロで九尾なのじゃ

 はてさて、海上遺跡の冒険を終えた俺たちは、宿泊先のホテルに荷物を置いて、夕日を浴びながら外に夕食へと出かけた。


「まぁ、せっかくポンペイ島に来たことだし、ここの名物サカオを飲んでみよう」

「サカオ?」

「カカオのお友達かなんかなのじゃ?」


 まぁそんなところだよ、と、怪しい笑顔を向けるライオンディレクター。

 アシスタントディレクターなら知っているかなと思い視線を向けると、彼女は明らかに俺から視線をらした。


 ディレクターが、何か悪いたくらみをしているのは間違いない。


「まぁそんなもんだよ。ここいらじゃ、酒と同じくらいに有名な飲み物でね。それが飲めるサカオバーなんてのもあるくらいだ」

「のじゃ。沖縄の泡盛みたいなもんなのじゃな」

「いや泡盛って――」


 そうそうそんな感じと、のじゃ子の言葉に合わせるディレクター。

 おい、のじゃ子、こいつぜったい何かよからぬことを企んでるぞと、老婆心ろうばしんながら声をかけたのだが、知っていてあえて毒を喰らうのもタレントのお仕事なのじゃ、と、彼女は聞かなかった。


 かくして、そのサカオバーへとやってきた俺達。

 異国のなれない雰囲気ふんいきの中、料理とそのサカオが出てくるのを待つことしばし。恰幅かっぷくのよいおばちゃんが出てきたかと思うと、机の上に魚料理と茶色い飲み物を置いていく。


 この茶色い――チャイみたいなのが、サカオなのだろうか。

 などといぶかしんでいると、さっそくディレクターがそれを手に取った。


「まぁ、まずは一杯」

「あぁ。悪いけど俺、アルコールはあんまり」

「めっちゃバーで飲んでたじゃないの、今更なに言ってんだよ。というか、これアルコール入っていないから。大丈夫、ダイジョウブヨー、シャチョサーン」


 それ大丈夫じゃない時の台詞せりふだろ。


 番組的にも飲まないとまずい、という感じの視線しせんが、横の加代から向けられる。

 えぇい、ままよ、と、俺はその茶色い液体えきたいが注がれたコップを手に取ると、ひかえめな乾杯かんぱいをしてから口へと運んだ。


 ぴりりとした刺激しげきが舌先をおそう。

 味はあれだ――泥水どろみずをすすっているような感じというか、みょう土臭つちくさい。

 なんとも健康補助食品けんこうほじょしょくひん的な感じのする飲み物である。


「別に、特段とくだん変な感じはしないけどな」

「まぁ、いつもローな桜くんには、あんまり効かないかもね」

「ロー?」

「おっと、加代ちゃんにはさっそく効いてきたみたいだ」


 なにがどう効くのか。

 まさか怪しげな薬でももられたのかと心配して加代の方を見ると――どうしたことか。あのおふざけオキツネ様が、真顔で、そしてどこかはかなげな顔をして、じっと手の中のサカオをながめていた。


 いつものさわがしい姿とのあまりの落差らくさに、思わず口が開く。


「――えっと、加代さん?」

「――なんなのじゃ」

「――どうしたんだよおまえ。そんな妙に静かになっちゃって」

「――そういう気分になるときくらい、わらわにもあるのじゃ」

「いや、いやいや。なにいってんだよのじゃ子。ヘマをしようが、クビになろうが、元気いっぱい。どんな時でも笑顔満点えがおまんてんが、お前のトレードマークじゃないか」

「――そんなの、別に、どうだっていいのじゃ」


 のじゃぁ、と、その場にして顔を隠すのじゃ子。

 おかしい。こんなの、いつもののじゃ子ではない。


 まさかこのサカオの効果だというのか。


「おい、ライオンディレクター、これはいったい」

「サカオにはね、鎮静ちんせい作用のある成分が多く含まれていてね。まぁ、酒と逆に飲むと陽気になるんじゃなくて、すごく落ち着いた気分になるんだよ。こう、すっと、頭の中から余計よけい雑音ざつおんが消えていくような――そんな感じでね」


 なんだかいつもと違う、落ち着いたしゃべり口のライオンディレクター。

 いつもなら、ガハハ、と笑う所を、彼はそのサカオの入ったコップに口をつけて、ふぅとため息をついて返してみせた。


 まさか、これも、サカオの効果だというのか。


「まぁ、私と桜さんのように、つねに落ち着いている人には、あまり効果がないのかもしれませんね」

「アシスタントディレクターさん。どうするんすか、これ」

「――さぁ」


 ちびりちびりと、サカオを平気な顔をして飲むアシスタントディレクター。

 正直、よく知る人間が、こうも変貌へんぼうしてしまったのを見せられては、これ以上口をつける気にはなれない。


 おばちゃんを捕まえると、俺はミネラルウォータープリーズと、つたない英語で頼んだのだった。


「のじゃぁ。わらわは何がいかんのかのう。いつも精一杯せいいっぱいやっとるつもりなんじゃが。社会人として大切な何かが欠如けつじょしておるのかのう」

「いやいや、加代ちゃんはよくやってると思うよ。むしろ、俺の方が君の可愛かわいさを引き出すことができなくって。ごめんよ、中途半端なディレクターで」

「のじゃ。ディレクターさんがあやまることじゃないのじゃ。けど、はやくわらわも、こういうタレント業じゃなくって、女優業をやれるようになりたいのじゃ」

「俺もさぁ、そろそろドキュメンタリー映画の一つくらいとらせてもらいたいんだよなぁ。日本じゃそういうの、理解がなくってさ。スポンサー集めるのにも大変で」


「飲むにつけて、すごいめんどくさいことになってってる」

「まぁ、お二人とも、はっちゃけてますけど、根は無茶苦茶むちゃくちゃまじめですからね」


「――のじゃぁ」


「――はぁ」


 みるようなため息が、静かに異国の夜に響いた。

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