第117話 ちっさいおっさんで九尾なのじゃ

 甘い柑橘類かんきつるいの匂いは、どうやらこの家から漂ってきているようだった。


 両開きになっている扉を開ければ――以外、神社か寺かという外観がいかんに反して、中はモダンな生活空間になっていた。

 テレビにソファー、エアコンにノートパソコンなどが転がっている。


「なんだい、随分快適ずいぶんかいてきな感じじゃないか」

「ちょっと桜くん。勝手に入っちゃって、いいのかい、これ」

「大丈夫でしょう、かぎかかってなかったんだから」


 田舎なんてそんなもんですよ。


 ごめんください、と、声を上げてみる。

 この旅の初めに加代の奴に食わされた、ほんやくなんちゃらのおかげで、現地の人たちとのコミュニケーションには困らんのだ。

 そういえば、きっと家主が反応してくれるだろう。


 そう思ったのだが、反応がさっぱりと、ない。


「どうしたんだろうかねぇ、留守かねぇ」

「んー、島、結構広い感じだから、それもあり得そうですけど」


 ただ、よく見ると、エアコンがついているんだよな。

 転がっているノートパソコンにも電源でんげんが入っているようだし、ついさっきまで、そこで生活していた感じが、ひしひしと伝わってくる。


 なんだろう、この、違和感は、そう、思った時だ。


「あひっ!? ちょっと、桜くん、変なところ触らないでよ」

「はい? なに言ってるんですか、部長」

「さっきから僕の脚を触って――ひゃぁ、そんなところ、あっ、ちょっと、どこを触って――あははは!!」


 そう言ってこそばゆそうに笑う部長。

 何をやっているのだこの人は。ついに、非現実に頭がどうかしちまったんじゃないだろうか――なんて心配していた俺だったが。


「よう!!」


 そんな俺の目の前――部長の肩の上に小さなおっさんが現れた。

 どうやら頭がおかしくなってしまったのは、俺の方のようだ。


 やれやれ、九尾の狐といい、小さなおっさんといい、どうしてそんな見えちゃいけないものばっかり見えるのか。


 あぁ、そうだ、きっとこれは夢なのだ。


「ここに人が来るのは久しぶりだな。まぁせっかく来たんだからゆっくりしてけや、ウェルカム、トゥ、ようこそ、とこ――」

「悪い夢はキャッチ・アンド・リリースでポイだ!!」


 部長の肩の上にっていた小さなおっさんを鷲掴わしづかみにすると、俺はそれを扉から海に向かって投げ捨てた。

 ぎゃぁ、と、声と共に、その姿が青い空と海が交わる水平へ消えていく。


 よし、起きるぞ、超起きるぞ。

 これはギャグ小説。愉快ゆかいな九尾のフレンズが出てくる、お馬鹿なお話なのじゃから、こういうよく分からんシリアス展開は不要なのじゃ――。


「あぁもう、ちょっと、なにするんですか。乱暴らんぼうな人だなぁ、まったく」


 と、思っていると、ようやくまともな人が出てきた。


 身長は俺たちと同じくらい。

 しかしながら、まるでビックリ○ンチョコのヤマ○王子みたいな、いかれた髪型かみがたをした美青年である。


 なんだかすごいとくを感じさせる微笑ほほえみをみせた彼は、俺たちの横を通って扉の前に立つと、海へと向かって叫ぶ。


「大丈夫ですか、スクナさーん!!」

「あたりめーだろおめえ、俺をだれだとおもってやがるんでーい!!」

「よかった、無事みたいだ。あれならすぐ戻ってきますね」


 どうやら、こいつも頭がどうかしているらしい。

 いやいや、まてまて、そもそも、これは俺の夢じゃないか。この人物も、九尾にりつかれておかしくなってしまった、俺が見ている幻想。


「もう、ダメじゃないですか。貴方ねぇ、日本人でしょう。建国の立役者に対して敬意けいいってものがないんじゃないですか」

「建国? いや、なんの話」

「おうよおめえ、最近のわけえのは、俺とおおくにっつあんのことなんか知らねえだろうよ」

「不勉強ですねぇ。まぁ、ゆずってもらっておいた側の私が言うのもなんですが」

「気にするんじゃねえよおめえそんなこと。言いっこなしだろうがい」


 まったく自然な感じに、戻って来たちっさいおっさん。

 彼は美青年の身体をよじ登ると、その肩へとのっかって、ふぅ、とため息を吐く。


 今更だが、俺はほっぺたをつねってみる。

 じんわりとした痛みを感じるということは、どうやら、これは幻でもなんでもなく、現実のことらしかった。


「あの、すみません、さっきから、要領を得ないのですが。ここはいったい」

「あぁ、そうですねちょっと分からないですよね」

「なんてったって、人に忘れられて久しい場所だからな」

「忘れ去られて久しい場所」

「けど浪速――お前らがいう大阪のあたりでは有名だぜ」


 そういうと、どこで覚えたのかちっさいおっさんは、関西圏では誰もが目にしたことがある、某肉まん屋のCMの真似をしてみせたのだった。


 つまり――どういうことだってばよ。

 九尾成分があまりにないので、思わず九尾を封印されている男の子を真似したくなる、俺の気持ちを誰でもいいからわかってください。


「つまりここは蓬莱――神仙が住まう場所」

「またの名を根の国あるいはニライナカイ。格好良くいや、常世の国、ってところだな。がはは!!」

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