第118話 波間の国で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 なんということだろう。主人公はついに死んでしまった。


====


「つまり、ここは、天国ということなのか」

「南の島に天国があるなんて、なかなか洒落てていいね」


 まったく緊張感きんちょうかんのない感じに言う部長、それは放っておいて。俺は胡坐あぐらをかいて正面に座る美青年にそこのところを問うた。


「まぁまぁ、そう、結論を急がなくてもいいじゃないか。ほら、お蜜柑みかんでも食べなよ」

「そんな世間話しに来た訳じゃないんだから」

「おっ、これ、結構いけるよ桜くん」


 言われるままに食ってる部長。

 三途さんずの川ではないけれど、やばい状態だってこと、この人わかっているのかね。


 常世とこよの国。


 名前は聞いたことはあるが、どういうものだかはあまりよく知らない。

 黄泉よみの国の変名だか、あるいは地獄だかというイメージしか持ち合わせていない。こんなザ・南国って感じの景色ではあるが、あまり居ていいところではないだろう。


 そういえば、日本の神話でなんだったか、黄泉よみの食べ物を口にしたから、生き返ることがができないとか、そういうのがあったような――。

 うぅん。


「どしたのさ。大丈夫だよ、口にしても死んだりしないから」

「いやけど」

「やっぱり黄泉の国と勘違いしてるよね。ちがうよ、常世とこよの国は黄泉平坂とは違うからさ」

「似てるところではあるがな。あっちは純粋じゅんすいな死後の世界なのに対して、こっちは、時間に取り残された理想郷ってな感じだ。しかし、不勉強だね最近の子は――」


 言っている意味はさっぱり分からんが、死後の世界ではないということか。

 おそるおそる、俺は、出されたその蜜柑みかんを手に取ると、皮をむいて口へと運んだ。


 うまい。

 べらんぼうめにうまい。そりゃもう、人生で食べたことないくらいに、だ。


 甘みと酸味がほどよくあり、それでいて濃厚なうまみが口の中に広がる。何個だって食べたくなる、妙な中毒性がそれにはあった。


 ぺろりとたべてしまったのは、うまさのほかに、腹が減っていたということもあるのだろう。


「この島の特産品なんだよ」

「だいたい持って帰るんだよな、ここ来た奴は」

「帰った奴――えっ、ちょっと、待ってくれ、帰れるのかここから?」


 もう一個、蜜柑みかん拝借はいしゃくしながら俺は彼らにたずねた。

 食うのか聞くのかどっちかにしろよと、ちいさいおっさんがあきれた感じで笑う。それにつられながらも、美青年は俺に向かってもちろんとうなづいてみせたのだった。


「言っただろう、黄泉平坂じゃないって。ここには来るのも自由、去るのも自由」

「そうそう。オオクニヌシの奴だって、ここから色々ともって帰っていったぜ、嫁さんまでもらってな」

「え、他にも住人いるんですか」

「というか女の子も居るの? いいねぇ、スナックとか、キャバクラとかないの」


 部長。

 おい、部長。

 もうちょっと危機感持ってくれ。


 女と聞くや、でへでへへと、笑って鼻の下を伸ばすエロオヤジに、俺は辟易へきえきとした気分で隠れてため息を吐いた。

 ある訳ないだろう、こんなところにキャバクラなんて。


「あるよ、キャバクラ竜宮城」

「乙姫ちゃんを筆頭ひっとうに、たいちゃん、ひらめちゃんとかわいい子そろってるよ。あれ、おっさんもしかしてそういうの好きな口?」

「好きな口!! ちょっとぉ、そういうの早く言ってよ。支度金したくきんもらってそこそこ財布に余裕はあるからさ、連れてってよ、お願いだからさ」

「部長ぉっ!!」


 マグロ釣りにマーシャル諸島くんだりまでやってきたんじゃないのかよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る