第116話 流されて柑源郷で九尾なのじゃ

「――カハァッ!?」


 まばゆい太陽の日差しで俺は目を覚ました。

 柑橘系の甘いにおいが漂うそこは、あきらかに南国の浜辺。緑色をした綺麗な海が、一面には広がっている。


「俺はいったい、どうして――」

「――うぅん。あれ、桜くん」

「部長!?」


 よく見ると、俺の隣には助けようとした部長が転がっていた。

 二人とも救命胴衣を着けたまま、砂にまみれてという格好である。


 おそらく、あの後、波に流されてこの島に流れ着いたということだろう。


 とするとここはマジェロ島を構成する島のどこかか。


 すぐに助けを呼ぼう。

 俺は浜辺に立ち上がり、すぐにあたりを見渡したのだが。


「――どこだここは」


 どうも様子がおかしい。


 ぐるりと、マジェロ島の内海を周った俺だったが、こんな島は見たことがない。

 というより、もしこれがマジェロ島なのであれば、切れ目なく隣の島が見えるはずなのに視界には一つだってそんな島が見当たらないのだ。


「もしかして、違う島に流されちまったのか」

「まいったねこりゃ。五十歳にしてロビンソン・クルーソーなんて」


 ぼりぼりと頭をきむしって笑う中年おやじ。

 このおっさんは、こっちがどういう気持ちであんたを助けようとしたのか、まったくわかってくれちゃいないんだから。


「いやしかし、いい匂いのする島だね」

柑橘類かんきつるいの匂いっすね。なんだろう、あたりに蜜柑みかんでも生えているんだろうか」


 いや、熱帯に蜜柑みかんはないだろうと笑う部長。

 分からないですよ、と言いながら、あたりを確認すると、どうだろう。


 まるで歴史の授業で見たような、高床式たかゆかしきの家が向こうに見えるではないか。


「お、なんだ、無人島じゃないのか」

「いまちょっと、残念だなみたいな感じで言ったでしょ。いやですよあんた、おっさんとそんな無人島生活なんて」

「一緒に居た彼女とのほうがよかったかい。いいよね、あんな美人と、無人島で誰にも邪魔されずに暮らせたら」


 からかわんでください、と、俺は怒鳴どなる。

 別に、加代は、そんなんではない――。


『桜ぁっ!!』


 記憶を失う前の光景がふと頭を過った。

 なんというか、この旅に出てからというもの、あいつを泣かせっぱなしだな。

 いつもはあいつに迷惑かけられているというのに。


 うむ。


「はよ、帰って安心させてやらねば」

「おやどうするんだい桜くん」

のぞうすですけれど、あの家にもしかしたら電話が通ってるかもしれない。そこから連絡とって、迎えに来てもらいましょうや」


 取って食われたりせんかね、と、いまさら怖気づいたことを言う部長を残して、俺は砂を踏み鳴らしてその建物へと向かった。

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