第109話 妖怪の島で九尾なのじゃ
「のじゃ子、お前、本当にこっちであってるんだろうな」
「あってるのじゃ。尻尾センサーがこっちにびんびん反応してるのじゃ」
ヘリコプターで最寄りの都市まで移動し、そこからさらにお隣の国パプアニューギニアはニューブリテン島へと飛行機で向かった俺たちは、そこで久しぶりにライオンディレクター、アシスタントディレクター、そしてカメラマンの三人と合流した。
首都で待っていればいいのに、どうしてそんな離れた場所になったのかと言えば、観光していたからだそうな。
人がさらわれていたというのに、悠長なことである。
さぁ、それじゃさっそく、水上バイクの旅を開始しようかと言ったのも束の間だ、突然アシスタントディレクターが、原住民に会いにいかないか、と言い出した。
「ここ、ニューブリテン島はかの有名な妖怪漫画家、水木○げるが着任していたラバウルのある島。そして、彼が数多くの神秘と出会った島でもあります。せっかく来たんですから、もうちょっと観光していきましょう」
「いや、もう、こっちは妖怪と会ってきたばかりだから」
「じゃぁせめて原住民だけでも!!」
ほんと、妙なところに食いつくな、このアシスタントディレクターは。
それいいね、面白そうだね、と、合わせたのはライオンディレクター。
こうなってしまうと、この流れを今から変えるのは難しい。
かくして俺たちはのじゃ子隊長を先頭に、ジャングルへと再び足を踏み入れて、原住民探しをはじめたのだった。
「近くの街で聞いた話によると、このあたりに集落があるという話ですが」
「友好的な原住民だといいんだけどな」
「のじゃ、大丈夫なのじゃ。いざとなったら、加代さんが、こうして、こうして、こうなのじゃ」
なんだかよくわからない動作をして、鼻息を鳴らすのじゃ子。
こいつが頼りになるのは分かったが、こんな感じで調子にのられ続けるのもどうなんだか。
違う意味で、あんなアホなことするんじゃなかったと、俺は後悔した。
今後、ずっとこの調子で何かと調子にのるんだろうな。
「のじゃ? 人の気配が近づいてきたのじゃ」
「お前の尻尾はなんというか、ほんと便利にできてんな」
「この藪の向こうから――よいしょなのじゃ」
やぶを抜ければ、そこに現れるのは軍服を着たメガネの男。
なぜか軍服の左腕がぶかぶかになっている彼は、ハンモックにぶら下がって、ぼけぇ、と、惰眠をむさぼっているようだった。
顔立ちは、ちょっと古めかしい感じだが、確かに日本人。
サバゲ―でもしに来たのだろうか。こんな辺境の地までごくろうなことだ。
「のじゃ、間違ったのじゃ」
「いや間違ったって。こんな所まで来て、日本人と出会うとかどういう引きをしてるんだお前は」
役立たずなのじゃ子の尻尾をうりうりとひっぱる俺。
やめるのじゃ、離すのじゃ、と、尻尾を振っていやがるのじゃ子。
そんな俺たちをよそに、わなわなと、震えるのはアシスタントディレクター。
「――まさか、いや、これはもしかして」
「どうしたのじゃ? もしかして、マラリアにでもかかったのじゃ?」
「いや、そんな感じじゃないだろ」
とか言っているうちに、そのハンモックに眠る日本兵の格好をした男に、近づいてくる影が。
こちらは間違いなく原住民という感じの少女。
彼女は、にっこりと男にほほ笑むと、起き上がった彼に葉っぱで包んだ何かを手渡した。
現地の食べ物――おそらくタロイモを蒸したものとかだろうか。
それをほくほくと頬張りながら、日本兵はのほほんと空を見つめる。その隣に少女は座って、また、彼と同じように空を見上げたのだった。
「なんなのじゃ、こんなところまで来て、見せつけてくれちゃって」
「焼けるなぁ。あぁいう、ちょっと変わった男が、こっちの女の子は好きなのかね」
ひゅうひゅうとひやかそうとしたところに、アシスタントディレクターが袖を引く。
「――お二人とも帰りましょう。今すぐに」
そう言って、なぜだか涙を流すアシスタントディレクター。
自分で会いに行こうと言っておいて、随分と勝手なものだなとは思ったが、確かに彼女の言う通り、このいい雰囲気の場所に水を差すのは、俺もどうかと思った。
「しかしまぁ、現地人にも、妖怪にもあえず、とんだ無駄足だったのじゃ」
かくして、元来た道を戻る俺とのじゃ子、撮影スタッフご一同。
「会えたじゃないですか。とびっきりのに――」
涙をぬぐって先を歩くアシスタントディレクター。
きっと、俺たちには見えないものが、彼女には見えているのだろう。
こんなにはっきりと、九尾の狐は見えるというのに。
まぁ、妖怪でも現実でも、人の目によって映る真実は違うということだろう。
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