第110話 目指せ、ミクロネシアで九尾なのじゃ

「んで、次の目的地はどこなのよ。海岸線の旅とか言ってるけどさ、そんな律儀りちぎに島を回る訳じゃないんだろう」

「そうですね、基本は飛行機移動がメインになります。水上バイクであまり無茶なこともできませんから、ほぼほぼ観光といって問題ないですね」

「のじゃ、塞翁さいおうが馬という奴なのじゃ。過酷なバイクロケからただの観光とは、ラッキーじゃのう、桜よ」


 あの強制労働所生活をラッキーで済ますことはちょっとできないなぁ。

 まぁ、なんとかこうして生きて帰ってこれたのは幸運だが。


 ただ、鉱山での労働の疲れもある。

 人生でちょっと経験することもないハプニングにも巻き込まれたことだし、ちょっと楽をさせてもらってもばちは当たらないだろう。

 のじゃ子もこれこの通り、ノリ気なことであることだし。


「まぁ、どうしてもというなら、インドネシアの海岸線を回るというのもありですが」

「どうしても言わないので、飛行機移動でお願いします」


 わかりました、と、笑って承諾してくれるアシスタントディレクターさん。

 やれやれ、これでしばらくは、南国の陽気な島をめぐって、リゾート気分を満喫できる――。


「あれ、なんで笑ってるんすか、ディレクターさん」

「いやぁ、あれだね、桜くん。君って奴は、なんていうかわかりやすいくらい流されやすい人間だね」

「まぁ、流れ流されて、こんなことやってる時点で否定できないですけど」


 アシスタントディレクターさんが笑顔なのはいい。

 どうしてこのライオンディレクターまで、笑顔なのかが唐突とうとつに引っかかった。


 この男がこんな表情を意味もなくする訳がない。

 何か企んでいる間違いない。


 まずいことを言ったんではないだろうか、と、背筋にうすら寒いものが走る。

 そんな俺と、まったく気づいていない感じののじゃ子の前で、アシスタントディレクターさんがおもむろに地図を広げた。


「それで、これが今後の旅の予定なんですけれど」

「のじゃ? なんなのじゃ、これ、真っ青なのじゃ? ゴマ粒みたいなものに、赤丸が振ってあるが?」

「よく気が付きましたね、さすが加代さんです」


 広げたそれは、地図――というより海図かいずであった。

 一面青のそこには、小さな小さなゴマ粒のような陸地が描かれている。

 そしてそのゴマ粒を赤い線が丸く囲み、矢印が東から西へと丸をつないでいた。


「まずはマーシャル諸島へ飛行機で移動して、次はミクロネシア、パラオという感じで、めぐっていきましょうか。最終的にはフィリピン経由で大陸に戻る、というのでどうでしょう」

「いや、どうでしょう、って、言われても」

「小さい島ですから一周するのも楽勝ですよ!!」


 あっ、これ、陸より過酷かこくな感じの奴や。

 いい笑顔で俺にせまるアシスタントディレクターさん、その後ろでしてやったりと笑いをこらえているライオンディレクターを、俺はにらみ付けたのだった。


「のじゃ、なんだかよくわからんが、頑張るのじゃ桜よ!!」

「お前はほんと、どんな時でもポジティブなのな」


 どんだけ仕事をクビになっても、めげずに次の仕事に挑戦する。

 鋼の心を持つ狐が、今は心強いやら勘弁してほしいやら。


 はたしてこれは本当に塞翁さいおうが馬なのか。

 馬の代わりにやって来た九尾の妙に自信満々の顔を眺めながら、俺はため息を吐いたのだった。


「大丈夫なのじゃ!! 加代さん、水難救助系のお仕事も結構やってるのじゃ!!」

「それ全部クビになって来たんだろう、安心できるかよ――」

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