第105話 大長編のじゃえもんで九尾なのじゃ

 この、強制労働所で働いているうちに、いろんなことが分かって来た。

 まずここはインドネシアはその東端、パプア島にある金鉱山であるということ。


 世界でも有数の金の採掘地であるこの鉱山は、そのほとんどの坑道が海外企業の所有物である。

 だがしかし、金の採掘量が一定ラインを下回ったもの、や、落盤事故や毒ガスの発生などにより安全性の確保に難があると見なされた坑道が少なからず放置されている。


 そんな坑道からこっそりと、効率の悪い金の採掘を行っているのが、俺が買いたたかれたこの盗掘会社である。

 シンガポールのカジノで俺は限度額いっぱいまでクレジットカードを利用し、それでも負け続けた。引くに引けなくなった俺は、こことつるんでいる金融会社からうっかりと金を借りてしまった。


 まぁ、保証人にも審査もなしで即決で借りれるというから、ついつい使ってしまったが、よくよく考えればおもっくそ怪しい会社ではないか。

 ウシジ○くんでも、もうちょっと厳しく審査するっての。


 当然、スロットには負けた。

 V字回復なぞない、奈落の底へ真っ逆さまの大負けであった。

 すってんてん、有り金全部溶かしておいて、返済もくそもない。相棒が居ると、俺はのじゃ子のことを話したが、当然相手にもされず有無を言わさず拉致された。

 そしてそのまま薬で眠らされてこの通り、目が覚めればこの違法採掘場である。


 もちろん奴ら、最初から分かってやっていたのだ。

 カジノで有り金全部使い果たして、どうにもならないバカどもを、安い賃金で雇ってここで働かせるのが目的だ。


 そんなことをしなくても、周辺住民を雇えばいいだろうと思ったが、どうにも現地労働者を酷使すると世間さまが五月蠅いんだそうな。

 どこの国も考えることは似たり寄ったりである。


「しかし、お前ら、このままでいいのかよ。いくら借金があるからって、こんな働き方はどう考えても異常だぜ」

「そうは言っても、逃げるに逃げれないぜ、こんな山奥」

「そもそも、衣食住に関してはちゃんとしてるし。借金さえ返せば、無事に返して貰えるからなぁ」

「なんでか知らんが意思疎通もちゃんとできてるし」


 同じような境遇で連れて来られた奴らは、この体たらくである。まぁ、ギャンブルなんかにはまる奴ってのは、場の空気に流されやすいしのまれやすいものだが、あんまりなもんである。


 はてさて、どうしたものかね。

 そんな風にとぼけてみせて、空を見上げてみたところで、どうなるものではない。


 響いてくるのは監視係が鞭を地面にたたきつける音ばかりである。


 借金の額から言って、五年は日本へ帰れない。

 はたして、どこで俺の人生は、こんな風に狂ってしまったのか。

 のじゃ子が言った、スロットなんてやめておけ、という言葉が、今では懐かしい。


 いや、そもそも、のじゃ子なんていう人物は、本当にこの世に存在していたのだろうか。

 わざわざシンガポールくんだりまで行って、全財産を使い果たすろくでなしの俺である。実はこれまでの、楽しくもおかしな日常というのは、すべて俺が見た白昼夢であって、のじゃ子なんていう娘は、最初からこの世に存在しなかったのかもしれない。


 あるいは、この境遇を不憫に思った俺が、咄嗟に作り出した幻か。


『のじゃ。桜よ。またお主はわらわのことをバカにしおってからに』


『のじゃのじゃ。そんなことも知らんのか桜よ。まったくお主はいつもえらそうにしとるくせに、世の中のことをなんもしらんのう』


『なんなのじゃ!! 加代さん頑張っとるのじゃ!! そんな言い方ないのじゃ!!』


『どうしたのじゃ桜よ? 元気ないのか? どれ、ちょっとこっち来るのじゃ。加代さんが特別に尻尾もふらせて――ケモ臭いからいらんとはなんなのじゃ!!』


『桜!! のじゃのじゃ!!』


 もはやその声は心の中でしか響かない。

 まぁ、幻想だったならいいさ。なんにせよ、馬鹿正直でアホほどお人好しなあいつが、こんな厄介事に巻き込まれなかったのだから。


 俺だって男だ。

 自分の尻くらい、自分で拭くわな。

 いつも通りだ。

 あの駄女狐の世話になるなんざ、こっちから願い下げだっての。


「けどよぉ。お前、こんな別れはいくらなんでも、ちょっと寂しいからよぉ。最後にひとつくらい叫ばせろよな」


 監視員の目を盗んで俺は青い空を見上げる。

 その空の果てに、確かに、あの憎らしくもどこか愛らしい、アホ九尾が居ることを信じて――。

 息を吸い込み、腹から出したセリフは、あのコメディみたいな日々を思えば、どうしたって、茶化したような言葉になった。


「助けてぇっ!! のじゃえもーーん!!!!」


「のじゃぁっ!! 誰がのじゃえもんなのじゃ!! 狸じゃないのじゃ!!」


 がさり、採掘場の陰から転がって現れたのは、のじゃ子。

 狐につままれるという言葉があるが、残念、自分でつまんでも、これは痛い。


 夢ではない。間違いない。見間違えるはずがない。


 コマンドーな格好をして銃を片手に現れたのは、俺のよく知っているダメダメ女狐。


「のじゃのじゃ!! すまん桜よ!! 居場所を吐き止めるのとこっちの友人に話を通すのに、ちと手間取ってしもうた!!」

「えっ、ちょっと、やだ加代さんもしかして」

「加代さんこう見えて、フランス国籍持ってるのじゃ!! その時、一緒にお仕事――いや、任務についてた友達が、こっちで会社やってるから声かけてきたのじゃ!!」


 フランス国籍ってなんだおい。


 お前、まさか。

 それはもしかして、俺たちアラサー世代の厨二男心をくすぐった、アレのことか。


 戸惑う俺に、迷彩ペイントをばっちり決めたのじゃ子が振り返って微笑む。

 大丈夫なのじゃ、と、彼女は言った。


解雇クビはクビでも、満期除隊クビなのじゃ!!」


 狸じゃなくっても、落下傘部隊は務まるのじゃ、と、銃を派手にぶっぱなしながら、のじゃ子は叫んだ。

 やだもう、ほんと、加代さん。今回ばかりは頼りになる。


 抱いて!!

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