第96話 アイアンフィストで九尾なのじゃ
「のじゃ、なんにせよこのままではいかんのじゃ。桜よ、なんとしてもバイクやその他もろもろを取り返すのじゃ」
「取り返すのじゃって、お前。何か策でもあるのかよ?」
のじゃぁ、と、情けない顔をしてこちらを見る加代。
完全になんとかしてくれという、そういう顔である。勘弁してくれ。
ベルトを抜かれてズボンが落ちないようにするので精いっぱいの俺には、これ以上どうすることもできない。
かといってこのアホ狐にも起死回生の手があるようにも思えない。
ディレクターはさっきから、このハプニング映像&怪奇ドキュメンタリーの撮影にやっきになっており、唯一の頼みの綱であるアシスタントディレクターも首をかしげる始末である。
ちくしょう、こんなことならば、飛行機で乗り合わせた黄色いちゃんちゃんこの少年に連絡先を聞いておくんだった。
「なんかこうわかりやすい弱点とかないのかよ。火属性の攻撃に弱いとか」
「ゲームじゃないんですから。けど、針のような、とがったものを怖がるという性質があるそうです」
とがったものね、と、俺はあたりを見回した。
説明するまでもなく女子力の低い俺である。お
男として同じ匂いを感じるディレクターに、それを期待するのはどう考えても筋違いである。一番持っていそうなアシスタントディレクターが、そういう話を振るあたり、おそらく、このメンバーにそれを持っている人間はいないだろう。
となると。
「のじゃ子、お前、ちょっと妖術使って針とか出せないか?」
「のじゃぁ。そんなぽんぽんと器用に化けるのは無理なのじゃ」
「そうか――使えねえ奴」
「のじゃ!! ちょっと桜、それは言い過ぎなのじゃ!! 訂正するのじゃ!!」
喧嘩している場合じゃないでしょう、と、アシスタントディレクターさんが俺たちを一喝する。
その横で、ぽん、と、手を叩いたのはディレクターだった。
「あれじゃないか。取られるものがあるから、あいつらも襲ってくるわけで、全部外しちまえばいいんじゃないか」
「全部外す?」
いやな予感がして、俺はきゅっと股に力を入れた。そんな俺の嫌な予感を裏打ちするように、ディレクターとカメラマンが俺へと迫る――。
「やめろ!! やめ、やだっ、やめてっ!! たっ、助けて、おかあさーーん!!」
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結論から言おう。
俺たちはバイクとパソコン、そして、盗られたいろいろな物品を、トヨールから取り返すことに成功した。
しかし、それらを取り返すために、俺は大切な人間の尊厳をみすみすこのマレーシアの地にて捨てることになった。
ジャングルの木々の間を通り抜けて、股間に吹き付ける爽やかな風がなぜだろうか――今日は妙に心地よい。
「人間とは、どこからきて、どこへ行くのか」
「いいから早くズボン穿くのじゃ、桜よ」
狐娘の恥じらう顔が、こんなにも優しく感じられるのはどうしてか。
僕が失ってしまったそれは、失うことで負った傷は、一人のよい大人の人生観さえも、どうにかしてしまうほど強烈だった。
眼前で、きぃきぃと、申し訳なさそうに鳴くトヨールたち。
そんな彼らを、僕は広い心でゆるそうと、そう、心から感じるのだった。
「人間だろうと動物だろうと、生まれたときは皆裸なのだ。だとすれば、お互い裸になることで心を通わせることもできるだろう」
「キィッ、キィイッ!!」
「いいのだ小さき兄弟たちよ。許そう、ともに地球の上に生きる者たちなのだから」
「のじゃ!! だから、目のやり場に困るから、はよ着替えるのじゃ!!」
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