第89話 狐は夜行性で九尾なのじゃ

「さて、それじゃお二人とも、私は車の方に戻りますので、後はごゆっくり」

「のじゃ。すまんのう、色々と手伝って貰ってもらって」


 いえいえと日本人女性らしい愛想笑いを浮かべて、テントの中から出ていったのはアシスタントディレクター。

 テントの設営やら、内部のセッティングやら、結局彼女が全部やってくれた。

 旅慣れている感じがなんとも意外だ。


 のじゃ子と一緒に頭を下げるとテントの入り口のファスナーを締める。

 半透明になっている内側の布と、緑色をした外側の布。

 その両方を締めれば、すっかりと外部の光は遮断しゃだんされ、俺達だけの密室ができあがった。


 まぁ、だからといって、落ち着けるというわけではないのだが。


「のじゃ。一時はどうなることかと思ったが、なんとか夜は越せそうじゃのう」

「じゃのう。お前、今度こんなアホなことしたら、本当に俺は見捨てて一人で日本に帰るぞ」

「のじゃぁ、そんなこと言って、ちゃんとわらわを助けにくれたくせに。ほんに、おんしはツンデレじゃのう」

「茶化して誤魔化そうとするな、ったく――」


 ニコニコと、妙にご機嫌で俺の隣で寝袋にくるまるのじゃ子。

 そんな彼女に悪態をついて、俺は天井にぶら下がっているLEDランタンに手をかけた。


 底部についている回転式のツマミを回して灯りを絞る。

 薄っすらと、辺りが見える程度に調節すると、俺も加代の隣で自分の寝袋の中へと身体をすべりこませた。


「のじゃ。キャンプなぞ久しぶりにするのじゃ、楽しいのじゃ」

「そうね、俺は小学校の頃のクラブ活動以来だわ」

わらわはそうじゃのう、前に空襲が激しくなって、街から山奥の方へと逃げた時かのう」

「そのまま野生に帰っちまえばよかったのに」


 のじゃ、あんまりなのじゃ、と、怒る加代。

 あんまりなのはお前の思い出の方だろう。


 それはキャンプじゃなくて疎開そかいというのだ。流石に無駄に長いこと生きているだけはあるな。


「しかしまぁ、今はこんな上等な袋に入って寝れるのじゃ。便利な世の中になったものじゃのう」

「そりゃ比較対象がそれじゃあな。俺が小学生の頃から、キャンプって言ったらこんなものだった気もするが」

「のじゃ、贅沢ぜいたくな世代なのじゃ――」


 ところで、と、のじゃ子が改まっていう。


「桜よ、お主いったいどんな娘が好きなのじゃ? ほれ、誰にも言わんから言うてみい?」

「――なんでいきなりそういう話の流れになるのか?」

「お泊りの夜の醍醐味だいごみと言えば、恋バナなのじゃ!! しくも、今日という日までお主と一緒にしとねを、ともにすることはなかったからのう」

「ぐぅ」

「こりゃ、寝たふりするでない!!」


 寝たふりもしたくなるだろう。

 学生じゃないんだ。女子でもないんだ。何が楽しくて、好きなやつの話題で盛り上がらなくちゃならないんだよ。


 というか、このシーンも一応ハンディカムで撮ってるんだけれど。

 密室でこそこそ話と見せかけて、ちゃっかり後で全国放送されちまう――そういう展開しか俺には見えないんだが、それはどうなのよ加代さん。


 横を向けば、きらりと光る眼が二つ。

 流石は夜行性の動物。食い入るような顔つきで、こちらを見ていた。


 あぁ、これ、答えんとアカン奴や。


「ほれ、ほれほれ、はよ言うてしまうのじゃ。楽になるのじゃ」

「楽ってなんだよ」

「もったいつけずともよいではないか。もう、わらわとそなたの仲であろうに。このこの」


 これまた器用に寝袋腰に蹴ってくる加代。

 なんで女子って言うのは、こういう話題が好きなんだろうね、本当に。


「――そうだなぁ。髪は肩よりちょっと長いか背中くらいまでのストレートで、身長は俺よりちょっと小さいくらいが理想よな。胸はまぁ、大きい方がいいけど、そこは言うほど大切じゃないというか」

「のじゃのじゃ。なるほどなるほど」


 頷いているのがテントの床がこすれて分かった。

 一応、のじゃ子の望む答え――と思しきことを口にしてはみる。


「それで、まぁ、性格はがんばりやさんで、ちょっとドジでも一生懸命何事にもチャレンジする、そういうひたむきな子がいいよな」

「のじゃのじゃ。まったくいい趣味をしておるのじゃ」

「それでいて包容力もあって。まるで母親か祖母のようなバブみを感じられる相手かな――」

「のじゃぁ。そこまでデレられると、なんだか照れてしまうのじゃ」


「しかし人間に限る」

「のじゃぁ!?」


 当たり前だろう。

 なんで好き好んで狐を好きにならなくちゃならんのだ、馬鹿め。

 俺は普通至極まっとうに、狐耳も、尻尾も生えてない人間の女の子がいいんだよ。


「のじゃぁ!! そこは、そこははっきりとわらわが好きと申せばよいであろう!! 何を照れておるのじゃ!!」

「照れてんじゃねえよ、本心を言ってんだよ、俺は。誰がお前みたいな野生のお狐を好きになるかっての。獣臭いんだよ」

「のじゃぁ、酷い、ひどすぎるのじゃ!! ちょっとカメラ止めるのじゃ――」


 その夜、俺とのじゃこはくんずほぐれつ、明け方になるまで無様なプロレスを続けることになったのだった。

 もちろん本来の意味での。

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