第88話 田んぼの鶏はよく跳ねるで九尾なのじゃ
というわけで、バイクの壊れた加代とアシスタントディレクター、それとタフなカメラマンを残し、俺とディレクターは通過した街へと戻って来た。
通過したときには、こんなうらさびれた街に泊まるのは勘弁願いたいな――なんて失礼なことを思っていた訳だが、今はなんとも頼もしい限りである。
よくぞここにあってくれた。名も知らぬうらびれた街よ。
という感じで、駅前にあったパーキングにカブと車を止めて、俺とディレクターは街を歩き始めた。
「さて、食料を調達したいんだが。なんか屋台とかやってないのかな」
「大きな町じゃないからねぇ。そういうのは期待できないんじゃないの」
と、まるで他人事のように言うディレクター。
ハンディカムをこちらに向けて、顔は相変わらずのにやけ面である。
こりゃまたおいしい展開だとばかりに、楽しんでいるのが嫌でも伝わってくる。
くそ、今に見ていろ――とはいえ、慣れないこの地で頼りになるのは、現地の言葉に通じているこの男だけ。
露骨に怒る訳にもいかない。
しかたない、スーパーマーケットでも見つけて、惣菜でも買って帰ろう、そう思った時だ。
ふと、商店街の片隅から、いい匂いが漂ってくるのに俺は気が付いた。
「屋台じゃないけど食べ物屋はあるんだな」
「そりゃそうでしょ。
「いや、そういう意味で言ったわけじゃ」
スパイシーな香りに誘われてその屋台をのぞき込めば、なるほど、太い足を持ったピンクの肉が炭火で焼かれている。
隣に並べられたそれはこんがりと赤茶色の焼き上がり。
陽気な笑顔でそれを焼くおばちゃんの手元には、秘伝のソースだろうか、茶色の液体が満ちた壺が置かれていた。
南国の食べ物特有のスパイシーな香りに、ぐぅ、と、思わず腹が鳴る。
「いいなこれ。照り焼きか」
「おっ、これ、買ってく? 買ってっちゃうの、桜くん?」
「なんでそんな煽るんすか――」
いっそうにそのいやらしい笑顔をこちらに向けるディレクター。
なにがそんなに嬉しいのか、と、その悪趣味な笑顔に俺は嫌悪感をぶつけて返した。
というか、食べ物ひとつでなんでそんなからかわれなくちゃならないのか――。
うん?
「あれ、この、鳥。なんで足が二つあるんだ? いや、翼? にしては手羽っぽくないような」
「そりゃそうだよ。だってそれは、田んぼの鶏だから――」
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「という訳で、買ってきたぞ食料」
「のじゃ、桜、おかえりなさいなのじゃ!!」
「おう、バイクの修理は明日の朝にでも来てくれるそうだ。まぁ、明日には無事にシンガポールに入れるだろう」
小型のガスバーナーでお湯を沸かし、お茶を飲んでいたのじゃ子たちに合流した俺は、ビニール袋に入ったそれをかかげて見せた。
すぐさまそれを受け取った加代の横を通り過ぎてテントに入る。
まだ日は出ているというのに。中には既に寝袋がしかれている。
加代の奴が用意しただろうその寝袋に、なんの遠慮もなく寝転がると、俺はぶはぁとため息を吐いた。
「のじゃのじゃ、おいしそうな照り焼きなのじゃ」
「丸焼きなんて豪勢なのに意外と安くってな。現地感もあるしそれにしたわ」
「のじゃ? しかし一匹分しかないのじゃ? 桜の分は?」
「あぁ――悪い、ちょっと我慢できなくって、できたてをその場で食べてきた」
これがもうえらい旨かった。
空腹というスパイスもあっただろうが、そのぷりぷりとした肉質や、淡白なささみのような味わいに、くどくないソースがマッチして最高だった。
残念そうにするのじゃ子には悪いが――まぁ、おつかいにいった駄賃だと思って許してもらいたい。
「のじゃ、残念。一緒に食べようかと思ったのに」
「悪い悪い」
「しかし、大きいのう。これはちょっと、田んぼで捕まえようと思うと、ちと骨なのじゃ」
「田んぼの鶏だっけか、マレーシアには変わった鳥がいるんだなぁ」
「のじゃ。マレーシアでなくっても、日本の田んぼにもいっぱいおるのじゃ」
そうなのか。
俺が知らんだけで、世の中にはこんなおいしい鳥がいるものなんだな。
また今度、マレーシアに来た時には――おそらく二度とないだろうが――是非とも食べたいものだ。
「のじゃ。しかし、街まで出て、結果これか。お主さえ止めなければ、
「はっはっはっは。バカ、お前、そんなまるでカエルか何かみたいに――」
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