第87話 ここをキャンプ地とするで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 のじゃ子がカブをこかして壊した。

 ここはマレーシアの田舎道。バイクを治すのにも時間がかかる。


 しかたなく、俺たちはこの場で野宿することになったのだった。


====


「いやぁ、まぁ、こんなこともあるだろうかと思ってね。テントを持ってきていてよかったよ」

「こんなことがないように段取りするのがあんたの仕事じゃないのかディレクター!!」


 まるでハプニングを心底喜んでいるようなよい笑顔で笑うディレクターに俺は思わずつっかかった。

 そんなに視聴率が大事か。そんなに評判が大切か。そんなにハプニング映像が愛しいか。


 アンタなぁ、ここは見知らぬ外国なんだぞ、どんな危険があることか分かったものじゃない。

 だのにどうしてそんな余裕なのか。

 俺たちタレント側のことも考えてくれよ。


「まぁまぁ。加代ちゃんがいれば、野生動物に襲われる心配もないじゃない」

「そうかもしれませんけど」

「しかも、男女二人テントの下というわくわくのシチュエーションだよ。何か起こるかもと視聴者も期待するよね」

「男女じゃなくって男と雌の間違いでしょう」


 どうして狐と一つテントの下でどきどきしなくちゃならんのか。

 というか、そんなものでときめくなら、俺はこいつと同棲なんてしておれんというの。


 カラッと笑って済まそうとするディレクター。

 この男が信用できないのは、以前のバーのどっきりでいやというほど思い知っていたが――またやられてしまった。


 日本に無事に帰れたら、二度とこいつとは関わらんでおこう。


「のじゃ。すまんのじゃ桜。わらわ、番組を少しでも面白くしようと思って――のじゃぁ」


 そんなやりとりをする俺の背中で、ぐすりぐすりと鼻をすするのは加代。

 別にあれから怒った訳ではないのだが、この通り、すっかりと涙目で意気消沈、なにか俺が口にしようものなら肩を震えさせる怯えっぷっりである。


 いわく、本当に俺が野宿を嫌がるならば、シンガポールへ行くつもりだった。

 ちょっとしたギャグパートのつもりでやったら、本当に壊れてしまったとのことだった。


 こいつの不器用さについては、これまでさんざんそれこそ嫌というほど見せられている。

 嘘を言っているとは思えなかったし、そういう妙なサービス精神を働かすところもこいつらしいといえばらしい。

 

 さしもの俺も怒る気にはなれなかった。

 だが、この女々しさには、ちょっと勘弁してほしかった。


「ごめんなのじゃ。いや、ごめんなさいなのじゃ。わらわが余計なことをしたばっかりに、ばっかりに――のじゃあああ!!」

「だぁもう、だから、もう泣くなっての。やっちまったもんはしかたないだろう」

「こうなったら、桜だけでも一人でシンガポールに行ってくれなのじゃ。わらわはここで、一人夜をあかすのじゃ――」


 あぁ、そう、それならそうさせてもらおうか。


 と、以前の俺なら言っていただろう。

 カメラの手前がなければ、少しくらいそれを考える素振りも見せただろう。

 しかし――流石にこうして一緒に旅するほどの仲のお狐さまを、本気で放り出せるほど俺は人間やめちゃいない。


「なに、別に大破している訳じゃないんだ。現地の修理工でも呼んで来れば、今日明日には治るだろう。一日くらい、俺も付き合うよ」

「――のじゃぁ、桜!!」

「まぁ、ちょっと見慣れない風景のキャンプだと思えばな」


 とはいえ問題は食事だ。

 非常事態だからテントについてはしかたないとして、この旅の基本コンセプトは運任せの貧乏旅。


 缶詰とかカップ麺とか備蓄はないのかと、暗に分けてもらいたいというニュアンスを込めてアシスタントディレクターに尋ねてみたが、なにかにつけて優しい彼女も力なく首を横に振った。


 自分で何とかしろ。ハプニングでも、そこまでは面倒みられない、ということなのだろう。

 こればっかりはしかたない。


「とりあえず、無事な俺のバイクで近くの街まで行って食料の調達と修理工の手配をしてくる。その間、お前はみんなとテント立ててろ」

「のじゃ!! そんな、桜よ、わらわを置いていかんでたもれ!!」

「いや、置いていくなって言われても、食べるものがなくちゃどうしようもないじゃないか」


 そんなことないのじゃ、と、加代が田んぼの方へと駆けて行こうとする。

 とっさ、俺は彼女が何をしようとしたのか察して、その手を握りしめた。


「いや、うん、やめとこう加代さん。流石にそのハプニングはちょっとお見せできない」

「なんでなのじゃ!! カエルのお肉は鳥さんみたいで、ぷりぷりしてておいしいのじゃ!!」

「この番組はゲテモノ料理番組じゃないから!!」


 そもそも、田んぼにいるカエルなんてなに食ってるか分からんじゃないか、病気になるっての。

 はかないんだかたくましいんだか、今にも畦道を駆け抜けてカエルを探そうとする狐娘を、俺は全力で止めたのだった。

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