第84話 ザビエールで九尾なのじゃ
バトゥ洞窟を観光したこともあって、その日中にシンガポール入りというのは難しくなった。
それでも少しでもシンガポールに近づいておきたい、ということもあり、俺たちはクアラルンプールから少し南へ進んだ、ムラカへと移動した。
あたりはもうすっかりと日も暮れてホテルを探すばかり。
しかしながら、東南アジアとは思えぬ見事な西洋の街並みに、俺も加代もなんだ狐につままれたような面持ちで、街を歩いていた。
いや、狐はまさしく隣を歩いているのだけれど。
「のじゃ、ここは本当に東南アジアなのじゃ?」
「見事な赤レンガ。なんかのテーマパークみたいな街だな」
「ムラカよりもマラッカといった方がなじみがあるかもしれませんね。ここは西欧諸国による東南アジア植民地の拠点となった場所なんです」
なるほどマラッカ。マラッカ海峡とかなんとか、その響きは聞いたことがある。
「それで欧州風の建物がびっしりと」
「この街並みは世界遺産にも登録されているんですよ」
「観光地からまた観光地か、意外といろいろあるんだな東南アジアも」
水路を走っていく船を眺めながら、俺とのじゃ子とディレクターたちは進んだ。
ちなみに、ツ○ッターのいいねもサイコロの出目も好調で、旅費に関しては問題はない。
番組的にはそれで盛り上がるのかと聞いてはみたが、ライオンディレクターは、加代ちゃんのリアクションだけで元はとれるからと、上機嫌に答えたのであった。
いやいや、それなら俺にあんな仕打ち――いかん、また、憂鬱になってきた。
「ちなみに皆さんよくご存知の、ザビエルにも縁が深い場所なんですよ」
「のじゃ? ざびゅえる? 誰なのじゃ?」
「これだから義務教育を受けていないのじゃ狐は――開国シテクダサーイ、開国してくださいよー、の人だよ」
「それはペリーですね」
ボケたんだよ、そんな真顔で突っ込まないでくれよ、アシスタントディレクターさん。
「ほれ、戦国時代に日本に来ただろう」
と、俺は尋ねてみるが、九尾娘は首をかしげるばかり。
「のじゃ、確かに妾は長らく生きておるが、それでも歴史の決定的な瞬間に常に立ち会ってきた訳ではない」
「それでも俺が子供のころには学校の教科書に載ってたぞ。どうせお前のことだから、学校の先生もしてたんだろう」
「――どうじゃったかのう」
あ、こいつ、とぼけやがった。
そそと俺から顔をそむけるアホ狐。
そんなだからお前、すぐに仕事クビになるんだよ、まったく。
「むぅ、しかしのう、海外からやってくる人物は、たいがい会ってきたつもりなのじゃが」
「例えば誰と会ったんだよ」
「ビートリュズとかキュイーンとか。最近はエリッキュ・キュラプトンじゃのう」
「ミーハーだなおい」
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