第83話 狐猿の仲で九尾なのじゃ
「のじゃぁ。中はすごい荘厳な感じなのじゃ。でっかい洞窟なのじゃ」
「洞窟っていうか谷間って感じだよな」
「ヒンドゥー教の聖地で、毎年行われるタイプ―サム祭りには多くの人が訪れるのよ」
へぇ、じゃぁ、その時に合わせてくればよかったな、と、俺がつぶやくと、アシスタントディレクターの娘が苦笑いを返した。
何かおかしなことを言っただろうか。この騒がしいのじゃ狐には、お祭りこそうってつけだろうに。
そんなことを思う俺をよそに、階段を登り切るや物陰に隠れてすぐに人化したのじゃ狐は、はしゃいだ調子であたりを見回す。
そこには元気に駆け回る加代さんの姿が――じゃないが、えらいはしゃぎっぷりである。
「のじゃ!! 桜よ見るがよい!! 色鮮やかな神様がこんなにたくさん!!」
「ヒンドゥー教の神々か。正直、さっぱりわからんな」
「そんなことないのじゃ、天部衆のモデルはヒンドゥーの神様なのじゃ」
大黒様はよく知っておるだろう、と、のじゃ子が俺に問う。
あれだろうビールのと返すと、それは蛭子さんじゃ、と、のじゃ子はちょっと怒った調子で言った。
蛭子さんがモデルだったのかあのラベル。
いや、確かによく飲みそうなイメージはあるけれど。
「のじゃ、ほれ、頭にふっくらした帽子をかぶって小槌を持ってるやつじゃ」
「あぁ、あれか」
「大黒様はもともとヒンドゥー教のシヴァ神から来ておるのじゃ」
「仏教は広がる過程で、色々な神々を取り込んでいますからね。発祥の地のインドは言わずもがなですよ」
まぁ、ここはマレーシアだけれどな。
テレビ番組のスタッフだけあって、アシスタントディレクターさんが詳しいのは納得だが、のじゃ子にいろいろと教えられるのは、ちと癪だな。
不勉強なのじゃ、と、口に手をあてて俺を笑うのじゃ子にぶっ飛ばすぞと伝えると、しばし、俺はこの異文化の光景に目を凝らした。
色とりどりの神々が居並ぶ洞窟の壁。
祭壇にはぽっかりと空いた天井から日の光が降り注ぐ。仰ぎ見れば、日の光に緑が映えてこれがまたなんとも言えない。
この地に人々が神性を感じたのがなんとなくわかる気がする。
俺は気がつくと意味もなくその場で礼をしていた。
それでいいのかは分からないが、ともかく、俺は自分なりにこの場所に、ここに集う人々に、ここの歴史に、敬意を表したかったのだ。
とまぁ、そんなこんなで撮影と観光を終えて。
俺たちはなんの面白みもないままに、再び階段を下っていた。
「のじゃ、思った以上にいいところだったのじゃ」
「ほんとだな。なんというか、旅番組でコメントしづらいくらいにいいところだった」
「まぁたまにはこういうハプニングのない旅もいいものなのじゃ」
と、そんなことを言っている横で、アシスタントディレクターさんが鞄の中からペットボトルを二本取り出す。
きつめの色合いのジュースである。
赤道付近の国である。日陰の洞窟巡りといっても、当然、喉は乾く。
ありがとう、と、俺がそれをまとめて受け取り、のじゃ子に渡そうとした時だ。
しゅっと、茶色い影が俺たちの間を過ると、のじゃ子に渡そうとしたそれを奪い取った。
「のじゃっ!? なな、なんなのじゃ!?」
慌てて周囲を探せば、すぐそこ、階段の柵の上にそいつは居た。
ペットボトルを両手で持って、ぐるる、とこちらを睨みつけるのはお猿さん。
「のじゃぁっ!! 猿なのじゃ!! これ、それは妾の飲み物、返すの――」
「キシャァアアアッ!!」
「のじゃぁっ!? なんなのじゃ、人のモノを奪っておいて、その態度は――それは妾の!!」
「ウキャァアアアッ!!」
「の、のじゃ、のじゃぁっ、さ、桜ぁああああっ!! 猿が、猿が妾のジュースを!!」
哀れ、九尾狐、猿に負ける。
すっかりと取り返す気をなくして、俺に泣きつく狐娘。
うきゃきゃうきゃきゃと喜ぶ猿を目前に、俺は狐娘のモフモフな耳が生えた頭を撫でてなだめたのだった。
「分かった、分かった、俺の分けてやるから、落ち着けって。な?」
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