第82話 なんだ階段こんな階段で九尾なのじゃ

 クアラルンプールで一泊して次の日。

 俺たちはマレーシア観光として、ヒンドゥー教の聖地バトゥ洞窟へとやって来ていた。


「洞窟が聖地って珍しいな」

「のじゃ、そんなことないのじゃ。日本にも黄泉平坂、天岩戸という感じに、洞窟を聖地にするところは多いのじゃ」


 なんでそんなことを知っているのかアホ狐。

 元はこっちの出身だろうに。くそっ、生粋の日本人である俺よりよく知ってるとか、ちょっと悔しい。


 にょほほ悔しいかえ、とばかりに、口もとを抑えて振り返るのじゃ子。

 相手をすればするだけ調子に乗るのは見えている。あえてそれを無視して、俺は駐車場から洞窟へと歩き出した。


 クアラルンプールから移動すること数十分。

 たどり着いたのは、白い岩肌に目に痛いくらいの緑が群生する岩山。


 平日だというのに多くの参拝者でごったがえしたそこ。

 まるで清水神社の坂道のように、参拝者たちが次々に向かうのは、赤い色合いをした階段。

 岩山の隙間に滑り込むようにして伸びているそれを前にして、おいおいこれを登るのか、と、俺とのじゃ子は、気づくと立ち止まっていた。


「のじゃぁ。こんこん、こんこん、のじゃぁ、年寄りにはこの階段はちと堪えるのじゃ。桜よ、まかせたのじゃ」

「いや、なに都合のいい時だけ年寄りのフリしてんだ!! させるかよ、一緒にこいつを登るんだよ!!」

「のじゃぁ、しかたないのじゃ――」


 うむ、と、加代の奴がなにか悪だくみを思いついた顔をする。

 これはまたろくでもないことになるぞ、と、思いつつ、ちょっとお花を摘みに行ってくるのじゃ、と、彼女は俺たちの前から姿を消した。


 数十分後。


「――遅い」


 どれだけトイレが混んでいるのか、それともお腹の調子が悪いのか。

 まったく帰ってくる気配のないのじゃ子に、俺とスタッフは階段の端に腰かけながら、靴をリズムよく踏み鳴らしていた。


「ちょっとディレクターさん、様子見てきてくださいよ」

「しょうがねえなぁ。なんかトラブルでも巻き込まれたかな――」


 あれ、ちょっと待ってください、と、声をあげたのは、女性のアシスタントディレクター。

 彼女が指さした方向からは、とてとてと、こちらに向かってやってくる、四足の獣の姿があった。


 その毛色、金色にして顔は白面。

 風にたなびく尻尾の数は、一、二、三、四の、九本である。


「のじゃぁっ!! 加代さん、全ケモモードなのじゃ!!」

「「「ほぁああああっ!?」」」


 完全獣状態と化したのじゃ子にスタッフ一同が叫んでいた。


「ほれ桜よ!! この状態であれば、妾を抱えて運べるであろう!! さぁ、妾をてっぺんまで連れていくのじゃ!!」

「いや、連れて行けってお前――」


 お前の冠番組だというのに、そんな同行のペット扱いでいいのかよ。

 

 天才のじゃ子動物園。人語を話す天才狐の加代ちゃん、って――。


「ほれ、はよ抱いてたもれ、桜よ。ほれほれ」

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