第81話 もうこりごりなのじゃで九尾なのじゃ

「という訳で、夫の浮気に弟との再会という紆余屈折経ながらも、加代さんは無事にプーケットから飛行機でマレーシアへと移動したのじゃ!!」

「――夫じゃないです」

「だまらっしゃい!!」

「――すみません」


 ここはマレーシアの首都はクアラルンプール。

 東南アジアでも指折の世界都市。そのまばゆい夜の灯りを眺めながら、俺と加代はカブから降りて、またオープニング映像の撮影をしていた。


 背景には二つのそびえ立つビル。

 そう、天空に向かってそびえ立つそれ。

 男らしく、雄々しく、立派な――。


「うぷっ!!」

「のじゃぁっ!? 桜、なんでまた吐いてるのじゃ!! オープニング映像の撮影中なのじゃ!!」

「だってお前、あんなの見たら俺、思い出してしまって」

「それならいつも自分のを見ておるであろう!!」


 自分のと他人のとじゃ意味合いが違ってるんだよ。

 なんで好き好んで、兄弟でも親子でもない相手のそれを触らなくちゃならんのだ。

 いや、肉親だって嫌だっての。


 まざまざと見なかったからこそダメージもまだ少なかったが、もし、それの形を服の中に見ていたら、俺は再起不能になっていたかもしれない。

 なにせ――俺のよりハクちゃんのそれは、大きく、たくましく、そして脈打っていたのだから。


「うぷっ、おっ、おっ、おろろろろろ」

「のじゃぁ、桜ぁっ!! ストップ、撮影ストップ、やめてあげるのじゃ!!」


 もう無理だ。あんなことがあってしまっては、僕はもう普通の体で生きていけない。


 これからバナナを見たり、タワーを見たり、上半身裸の男を見るたびに、こんな拒絶反応を繰り返してしまうのだ。

 エロ漫画だって、女の子が二人で絡むようななのしか見れなくなってしまう――。


 ちくしょうどうしてこんな体になってしまったんだ!!


 それもこれも全部、加代の弟ハクちゃんのせいである。


「しかし、ハクちゃんを恨む気にはなれない。だって、彼は確かに男の子だったけれど、俺の女神に違いなかったから――」

「のじゃぁ、歪んだ性癖を植え付けてしまったのじゃ。ディレクター、どうするのじゃこれ」

「まぁ、旅しているうちになんとかもとにもどるんじゃないの」


 気軽に言ってくれるぜまったく。

 誰のせいで俺がこんなトラウマを覚えてしまったと思っているのだろう。


 ダメだ、あのライオンディレクターのにやけ顔を見ているだけで、また。


「のじゃあっ!! 桜、しっかりするのじゃ!! 男を見るのが無理なら、ほれ、しっかりと妾を見るのじゃ!!」

「――ゴハァッ(吐血)!!」

「なんでなのじゃぁっ!!」


 とまぁ、そんなこんなで。


 加代の弟、ハクちゃんとの驚愕の出会いこそあったものの、俺たちは無事に一つ目の国タイを脱出。

 そのお隣であるマレーシアへとやって来たのだった。


「どっきりにしても、あれは確かにちょっとやりすぎだったのかもしれないのじゃ」

「そう思うならこれからシンガポールまではやさしくしてくれ」

「十分やさしくしとるのじゃ。まったく、お主という奴は、まったく――」


 やさしく俺の背中をさする加代の手が、今日はなにより頼もしい。


 浮気したというのに――そもそも別に結婚している訳でもないから、何も問題ないとはいえ――こうして甲斐甲斐しく世話してくれるのには、正直頭が下がる。


「これにこりたら女遊びはほどほどにするのじゃ。世の中悪い女がぎょうさんおるのじゃ」

「悪女の代表格である九尾の狐がそれを言うかね」

「のじゃ。桜は性格は糞虫じゃが根は真面目ゆえ、ころりとだまされるのじゃ。やはり妾がついておらんと――ダメダメじゃ」


 そう言って、こちらをのぞき込むのじゃ子の顔を、俺はちゃんと見てやることができなかった。


 なぜってそりゃ、もちろん。

 

「ゴハァッ!! グハァッ!! ぐっ、ぐぐっ、どうやら、我が命数ここに尽きたか――」

「だからなんで血を吐くのじゃ!!」


 うっさいボケ。

 もう狐なんてこりごりなんだよ。お前も、お前さんの弟も。

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